村上春樹作品では、性的マイノリティのキャラクター達が何人も登場しています。今回は村上春樹作品で活躍した彼・彼女たちについてご紹介します。
最近ではSDGsの目標としても話題に挙がることも多いLGBTQ+ですが、著者の作品ではかなり以前から、当たり前のように活躍していた人物達です。
SDGsとLGBTQ+
SDGs(持続可能な開発目標)では、17個の国際目標が設定され、その五番目の目標に Gender Equality(ジェンダー平等) が掲げられています。
「ジェンダー イクォーリティ」では、主に女性に対する差別をなくし、女性の社会的地位向上や男性と同等の権利獲得を目指すもので、性的マイノリティ(LGBTQ+)については、SDGsでは明確には言及されていません。
これは多くの国が同性愛を禁止する法律を持っていて、同性間の性行為を死刑と定めている国もあったりするため、採択が出来ないからです。しかし、SDGsでは「誰も置き去りにしない」の理念の元、性的マイノリティの方たちにも理解を深め、差別をなくそうと取り組んでいます。
このため、はじめはLGBTだったはずが、いつのまにかLGBTQだったりLGBTQ(+)やLGBTQIA(+)、LGBTsと変化しました。「誰も置き去りにしない」ために、様々なジェンダーのあり方を理解しようという流れです。LGBTTIQQ2SAというのもあるそうです。
村上春樹作品における中性的なキャラクターの役割
村上春樹作品では、ゲイやレズビアンといったキャラクターが結構な頻度で登場します。テーマに添って登場する場合もありますが、「なぜ、彼がゲイでなくてはならないのか?」著者の構想が読み取れない場合もあります。
長編での脇役(サポートキャラ)や、短編では主人公になっている場合もあるのですが、「性の峻別を超越し、達観した境地に立つ」キャラクターがいたり、自分が同性愛者だと自覚し困惑しているキャラなど、様々です。
登場作品の紹介
他にもあるのかもしれませんが、思いつくだけ書いてみます。文字数の都合で、だいぶ尻つぼみになりましたが、追記していくかもしれません。
長編「海辺のカフカ」 女性のゲイ 大島さん
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”身体の仕組みこそ女性だけど、僕の意識は完全に女性です。(中略)僕はこんな格好をしていても、レズビアンじゃない。性的嗜好でいえば、僕は男が好きです。つまり女性でありながらゲイです。ヴァギナは一度も使ったことがなくて、性行為には肛門を使います。”ー『海辺のカフカ』上巻P.380
かなり強烈なキャラクターです。主人公カフカの旅を支え、導いてくれる存在です。大島さんは血友病という難病も抱えており、外傷で出血すると血が止まりません。つまり、性行為は命懸けです。
長編「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 アカ
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”はっきり言えば、おれは女性に対して、うまく欲望を持つことができない。まったく持てないわけじゃないんだ。それよりは男との方がうまくいく”ー『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』P.234
”本人にとってはかなりきついことなんだ。(中略)まるで航行している甲板から、突然一人で夜の海に放り出されたみたいな気分だ”ー『色彩を持たない(略)』P.234
”おれたちは人生の過程で真の自分を少しずつ発見していく。そして発見すればするほど自分を喪失していく”ー『色彩を持たない(略)』P.235
アカはかなり極端な発想からビジネスを立ち上げ成功している人物です。主人公とは疎遠になっていたのですが、何年ぶりかの再会に再会したつくるに対して胸中を吐露しています。
長編「スプートニクの恋人」 イノセンスなすみれ
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”22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。(中略)相手はすみれよりも17歳年上で、結婚していた。さらにつけ加えるなら、女性だった。”ー『スプートニクの恋人』P.7
”引力の絆もなく、真っ暗な宇宙の空間をひとりぼっちでながされているような気持ち。”ー『スプートニクの恋人』P.98
”「わたしがろくでもないレズビアンだったとしても、今までどおりお友だちでいてくれる?」
私の考察では、すみれが年上の女性(ミュウ)に抱いている感情は、「子供の母親に対する愛情」なのですが、すみれはそれを恋愛感情だと混同しているのだと思っています。
長編「1Q84」 殺し屋 タマル
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”「俺は一度女を妊娠させたことがある」とタマルは言う。青豆はしばらく口がきけない。「あなたが?でもあなたってーー」「そのとおり。ゲイだ。妥協の余地のないゲイだ。昔からそうだったし、今でもそうだ。これからもずっとそうだろう。」”ー『1Q84』P.288
タマルは資産家の老婦人に仕える殺し屋です。老婦人はDV被害を受けている女性を保護するために、セーフハウスを支援したり、時に暴力夫の殺害を命じます。
『1Q84』自体がかなりぶっとんだお話なのですが、それでも辛うじてバランスを保っていられるのはタマルの存在が大きいです。タマルというキャラクター抜きに物語を進めようとすると、破綻してしまう可能性が高いです。
かなり重要なキャラクターを同性愛者に設定していることに、著者のこだわりを感じます。タマルは物語を読み解くヒントを読者にも与えますし、示唆に満ちた言葉で青豆を支え、主人公の天悟と引き合わせます。
長編「ノルウェイの森」 ピアノ教室の生徒
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”『あなたレズビアンなのよ、本当よ。どれだけ誤魔化したって死ぬまでそうなのよ』(中略)だから一時は自分でも私はレズビアンなんじゃないかと、やはり真剣に悩んだわよ。”ー『ノルウェイの森』P.21
『ノルウェイの森』におけるレイコさんの役割は、ヒロインの直子を支えるお姉さん的存在です。レイコさんは過去にピアノ教師をしていた頃、生徒から自分がレズビアンである可能性を示されて、それがトラウマとなっています。
もう一方のヒロイン・緑との間に揺れる主人公・ワタナベくんは、かなり特殊な三角関係に陥るのですが、最終的にレイコさんと悲しみを共有し、「混乱を抱え込んだまま生きていく術」をなんとなく受けとります。
短編「偶然の旅人」 ピアノ調律師のゲイ
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”彼は一人暮らしのゲイとして、それなりに満ち足りた生活を送っていた。身なりが良く、礼儀正しく、ユーモアのセンスがあったし、ほとんど常に感じの言い微笑みを口元に浮かべていたから、多くの人々はーー生理的に同性愛者を毛ぎらいする人を別にすればということだがーー彼に自然な好感を持った”ー『偶然の旅人』P.23
大学生時代に当時付き合っていたガールフレンドに「自分はゲイかもしれない」とカミング・アウトしたピアノ調律師のお話です。カミング・アウトをきっかけに友人を失い、家族とも疎遠になってしまうのですが、あるきっかけ(偶然)から、姉との親交を取り戻す物語です。
短編「タイランド」 ゲイの現地ガイド・ニミット
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“「彼は私に一度、北極熊の話をしてくれました。北極熊がどれくらい孤独な生き物であるかという話です。彼らは年に一度だけ交尾をします。年に一度だけです。夫婦というような関係は、彼らの世界には存在しません。凍てついた大地の上で一匹の牡の北極熊と一匹の牝の北極熊とが偶発的に出会い、そこで交尾がおこなわれます。それほど長い交尾ではありません。行為が終了すると、牡は何かを恐れるみたいにさっと牝の身体から飛び退き、交尾の現場から走って逃げます。文字どおり一目散に、後ろも振り返らずに逃げ去ります。そしてそのあとの一年間を深い孤独のうちに生きるのです。相互コミュニケーションというようなものはありません。それが北極熊の話です。いずれにせよ、少なくともそれが、私の主人が私に語ってくれたことです。」”ー『偶然の旅人』P.146
物語の主人公は、会議のためにタイを訪れていた病理医の女性です。その主人公が雇ったガイド兼ドライバーがニミットです。彼は以前、ノルウェイ人の主人に仕えていて、主人公は彼らがパートナーであったことを推察しています。そして、その主人がなくなった後で、ニミットはベンツを譲り受け、タイで現地ガイドをしています。
情報量がかなり多いですが、著者は「含蓄に富んだエピソード」を彼らに語らせることが多いです。
短編「レキシントンの幽霊」 オールドマネーの終焉 ケイシー
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短編「独立器官」 献身的なゲイの秘書
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まとめ 考察
文字数が多くなってしまったこともあり、またデリケートな問題でもあるので、私の感想は短くまとめます。
中性的な感覚
私は普段、自分が男性であることを特に意識せず生活しているのですが、どこかで制限を受けて「男性的に考える」ことを無自覚に行っているのかもしれません。
「中性的な感覚」という表現も正しいのかどうか?は分かりません。しかし、男性・女性を区別せず、包括・超越した視点からの感じ方・センスは、時にこの混乱した社会に調和をもたらす?とも思います。
何を差別しているのか?
人間は誰しも、胎児の初期では女性の外形で現れ、特定のホルモンの影響を受けた胎児のみが男性となります。つまり、はじめは誰もが女性です。
出生後もホルモンの影響を受けて男性的・女性的特徴を成長させますが、男性・女性ホルモンのバランスは千差万別で、その総量も一生を通して変化します。
ホルモンには成長ホルモンと呼ばれるものもありますが、大きな見た目では身長などに影響を与え、性格や体格にも変化が生じます。
(性自認や性的指向の要因の全てを、たった一つのホルモン・バランスだけに求めることはできませんが、たった一つのホルモン・バランスだけを例に見ても、男だろうと女だろうと誰一人として同じ状況はあり得ません。)
つまり、個性です。
特に異常な状態ではなく、普通にあり得る状況なので、これを人が規制・差別することは、生命のあり方自体の否定になります。
ジェンダーの自由を阻害するのは常に、社会と文化です。
社会や文化が生命のあり方を否定することはできません。