パスタを茹でている間に

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考察・村上春樹著『タクシーに乗った男』カロ・タクシージ(良い旅を)

 短編集「回転木馬のデッド・ヒート」より、『タクシーに乗った男』を考察します。記事にするために再読していたのですが、この短編はかなり面白い作品であることを再発見しました。
 著者は、まだ作家になったばかりのころ、ペンネームを使って美術誌のために画廊探訪の仕事をしていたそうです。そのときに、40歳前後の女性オウナーから「心に残っている一枚の絵」の話を聞くという内容です。

 

 

四段プロット あらすじの代わりに

  1.  著者は作家になりたてのころ、ペンネームを使って美術史の連載記事を一年間書いていた。画廊を訪問しインタビューをする際には、相手の中に「人並外れた崇高な何か」を探り当てるべく努めた。著者は取材が終わると「これまで目にした絵のなかで、一番衝撃的(生理的なショック)だったものは?」と決まって訊ねた。女性オウナーは、「誰も本気で感動を求めていない」「芸術的感動も表現しようとするとステレオタイプ(≒凡庸)に陳腐化される」としながらも、生理的なショックでも芸術的な感動でもない、心に残っている一枚の絵について語り始めた。
  2.  女性オウナーはそもそも画家になるつもりでアメリカの美大に留学したが、自分の才能に見切りをつけて絵画のバイヤーになった。ニューヨークの若手や無名画家の絵を買い付けて、東京の画商に送るという仕事だった。彼女はある日、金欠で困っているチェコ人の貧乏画家の話を聞き、アパートを訪ねる。しかし、彼には才能が無く、スポンサーに送れるほどの絵は一枚もなかった。あきらめて帰ろうとしたとき、「タクシーに乗った夜会服を着た男」に目が止まり、その絵を仕事とは無関係に自分のために買った。絵の中の男は「凡庸さという名のタクシーに永遠に閉じ込められ、檻の中に埋め込まれている」と彼女は感じた。彼女は絵の中の男に、自分自身の失われた人生の一部を感じ、眺めて過ごした。
  3.  彼女は30歳の頃、ある出来事から「夢や希望や愛も何もかもを捨てよう」と決心し、夫と別れ子供も手放して日本に戻った。そのとき「タクシーに乗った男」の絵も焼いて捨ててきた。そして現在は画廊を経営することになったと語った。しかし、「タクシーに乗った男」には続きがあり、彼女は去年アテネの旅行中に、彼と偶然の再会を果たす。彼女がアテネでタクシーに乗った際、相乗りしてきた男性客が「絵の中の男」だった。その日も夜会服だった。彼はギリシャの古典劇の俳優をしていると言い、日本にも行ったことがあると彼女に話した。
  4.  「これからパーティーですか?」彼女が訊ねると、「とても大きな立派なパーティーです。夜明けまで続くが、自分は途中でひきあげます」と彼は答えた。タクシーがホテルの玄関に到着すると、男は去り際に彼女に声をかけた。

”「カロ・タクシージ(よいご旅行を)」と男がギリシャ語で言った。
エスカリスト・ポリ(ありがとう)」と彼女は言った。”ーP.53

 

問題の抽出 タクシーとタクシージとタキシード

 プロットが長く、精度も良くないです。考察のために再読していると、どんどん面白くなってノリノリになってしまいました。

 ちなみにアテネでは、方向さえ合えばタクシーでも相乗りは一般的だそうです。


 まずは言葉の整理をします。

英語 tax(税金)

”taxaはラテン語のtaxo(タクソー)に由来し、「算定する・評価する」という意味があります。”

 とのことです。なので、タクシーもタックス(税金)も、走った分と稼いだ分が算定され徴収されます。こちらは名詞です。

ギリシャ語 カロ・タクシージ(よいご旅行を)

ギリシア語: taxis(「走る能力」の意味も持つ)に由来し、乗客を乗せる客室自身が道路を自走することを指す。”ーwikiより

 こちらは語源が違うので、税金やタクシーとは無関係です。しかし、紛らわしいことにtaxi(自走)という動詞の語源となっています。
 

日本語 夜会服(タキシード)

 英語版ではどのように訳されているのか気になります。もしかしたらスモーキングジャケットかも知れません。こちらは私が単純に言葉の響きが気になっただけで、語源を共有しません。
 本作における意味としては、「誰も芸術など求めていない。パーティーを求めているのだ。」と読みました。
   

 

関連する作品 壁に開いた穴

”男はタクシーという限定されたフォームの中に含まれている。タクシーは移動というその本来的な原則の中に含まれている。(中略)それは大きな壁に開いた暗い穴だ。それは入口であり。出口である。”ーP.47

 

回転木馬の序文」 凡庸さの檻  

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羊をめぐる冒険」 大人になるために払った税金 牢獄の影

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海辺のカフカ」 絵を眺める佐伯さん 入口と出口

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スプートニクの恋人」 自分の一部 

”まるで彼女自身の一部があのタクシーの中に置き忘れられてきてしまったような感じがした。”ーP.54

 

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騎士団長殺し」 肖像画を書く主人公

”インタビューする相手の中に人並はずれて崇高な何か、鋭敏な何か、温かいあ何かを探り当てる努力をするべきなのだ。(中略)人間一人ひとりの中には必ずその人となりの中心をなす点があるはずなのだ”ーP.37

 

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「色彩を持たない多崎つくる」 自身を限定する枠

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全力考察 魅力的な画廊オウナー


 「関連する作品」で長編作品と結びつけてみたのですが、こじつけすればまだ挙げることが出来そうです。画廊オウナーの姿を思い浮かべようとすると、長編で登場してきた何人かの女性キャラクターとダブります。
 「回転木馬のデッド・ヒート」の序文では、「おり」を沈殿物(澱)のように語っているのですが、ひらがな表記で統一されています。しかし、この「タクシーに乗った男」で「檻(おり)」が登場します。
 「作家・村上春樹の生涯に渡る創作テーマは?」という質問に対しては、「檻」の一言で片付けることが出来ます。(あくまで私の個人的な読み方です。)
  
 かなり短いお話ですが、本を閉じたあとで色々と考えさせる短編でした。

 

まとめ カロ・タクシージ


 村上春樹作品を読み解こうとする際は、本短編を必ず通るべきであるような、とても重要な作品であることを再認識しました。本当は「新刊が早く文庫化されないかなぁ…。もうネタがないんだけど…。」と思っているところで、読み始めたのですが。
 
 私は何処に?何を?置き忘れてきたのでしょうか?
 それでも旅は続きます。
 「カロ・タクシージ!」

 

 

 仕事用のカバンにテレビのリモコンを入れて出勤したことがあります。「何と間違えてカバンに入れたのだろう?」何かを忘れてきてしまっているようで、不安でたまりません。
 でも特に、足りないものは無さそうです。お昼を食べるころまでにはその事もスッカリ忘れて、普段通りです。
 「忘れる」って便利ですね。