パスタを茹でている間に

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考察・村上春樹著『イエスタデイ』 歌詞の改作

 短編集「女のいない男たち」より『イエスタデイ』を考察します。 こちらの短編は、主人公である語り手(谷村)の友人である木樽の恋愛事情がメインのストーリーです。

 木樽は生まれも育ちも東京なのに、関西弁を習得したり、ビートルズの「イエスタデイ」を関西弁バージョンに替え歌を作ったり、自分の恋人と主人公とを付き合わせようとするなど、かなりトリッキーな行動をします。

 しかし、これらは木樽の特異性を示すエピソードです。主題とは関係がありません。

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四段プロット あらすじの代わりに

  1.  語り手(主人公)の谷村には、大学時代にアルバイトで知り合った木樽という浪人生の友人がいた。東京育ちなのに独学で関西弁を習得するなど、常人とは違った感性を持っていた。そして「イエスタデイ」の関西弁バージョンを気持ちよく歌い、谷村の記憶に強く残った。木樽には栗谷えりかという恋人がいた。彼らは幼馴染みで子供の遊びの延長で交際を始めた経緯もあり、キス以上の発展はなかった。
  2.  栗谷えりかは大学に進学しており、木樽は彼女に対して気後れを感じ、彼女には自分よりもふさわしい恋人が必要ではないか?と考えていた。木樽はあるとき、友人である谷村に栗谷と付き合うように提案する。(短編内では細かく描写されていませんが、知らない誰かに恋人を取られるよりは、信頼できる相手に栗谷を預けたいという複雑な想いが読めます。)
  3.  木樽の奇妙な提案に谷村と栗谷はあきれながらも同意し、二人は一回だけのデートを約束する。谷村はその時、栗谷もそんな複雑で繊細な感性をもつ木樽のことを大切に想っていることを知った。二人はお互いに相手の気持ちを優先するあまりに、自分の気持ちを押さえ込み、進展しないジレンマに陥っていた。栗谷は頻繁に見る夢「氷で出来た偽物の月」を告白し、苦しい心中を吐露した。
  4.  谷村と栗谷のデートは一回きりだったが、その後しばらくして、木樽はバイトを辞めて、それ以降は音信不通になった。16年後、谷村は赤坂のホテル主催のワインのテイスティング・パーティーで思いがけず栗谷と再会した。木樽はデンバーで鮨職人をしており、木樽・谷村は二人とも未だに独身だと世間話をした。二人は未だに不毛な恋愛関係の中にあった。

”でも自分が二十歳だった頃を振り返ってみると、思い出せるのは、僕がどこまでもひとりぼっちで孤独だったということだけだ。”ーP.123

 

問題の抽出 両片想い

 お互いに、相手の気持ちを優先するあまりに、自分の気持ちを押さえ込み、恋愛関係に進展がない状態を「両片想い」と言うそうです。

 このジレンマは古くからあったにせよ、ボーイズ・ラブ作品から明確にジャンルとして確立し、「両片想い」という言葉もそこから生まれたそうです。両想いでも片想いでもなく「両片想い」とは、驚きです。

 さて、この作品にはいくつかのキーワードがあります。「イエスタデイ」「ウディ・アレン」「ライク・サムワン・イン・ラブ」などです。そして、プロットでは省略しましたが、栗谷えりかの見た「氷で出来た偽物の月」です。こちらは「中国行きのスロウ・ボート」かな?と私は読みました。

 「氷で出来た月」とは、作中で栗谷えりかの報われない恋愛関係を詩的に表現した夢です。彼女の願いは「中国行きのスロウ・ボート」のように、木樽を独占したいのですが、その願いは実現しないことを暗示する夢になっています。

 

関連する作品 想い人がいるということ

Yesterday 

 「イエスタデイ」は、恋人からの突然の別れを告げられた男の歌です。昨日まで愛をゲーム(遊び)のように思っていた男の歌です。


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マンハッタン

 「ウディ・アレン」の作品では、狭い生活圏の中で友人・知人同士が恋人を交換しあう恋愛劇があります。   


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ライク・サムワン・イン・ラブ

 「ライク・サムワン・イン・ラブ」は、自覚的な恋ではなく、「恋しちゃったんだ、たぶん」みたいな、無自覚に相手に引かれていく自分を客観視するような歌詞です。


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中国行きのスロウ・ボート

 「中国行きのスロウ・ボート」 恋人を独占したいという気持ちだったり、二人だけの世界を望む歌です。


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「独立器官」

 谷村は同短編集の次に収められている「独立器官」の語り手としても登場します。

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全力考察 報われない愛よりも

 この短編は「女のいない男たち」に収録されています。

 不毛で報われない恋愛でも、想い人がいるだけで幸せです。読者は木樽と栗谷の不器用ながらも相手を想い合う関係に引かれるのですが、主題となっているのは「谷村(語り手)にはそのような想いを捧げる相手もいなかった」という、絶望的な孤独です。 

  

”でも自分が二十歳だった頃を振り返ってみると、思い出せるのは、僕がどこまでもひとりぼっちで孤独だったということだ。(中略)一週間ほとんど誰ともしゃべらないこともあった。そういう生活が一年ばかり続いた。(中略)その当時、僕もやはり毎晩、丸い船窓から月の氷を見ていたような気がする。厚さ20センチの、硬く凍りついた透明な月を。でも僕の隣には誰もいなかった。その月の美しさや冷ややかさを、誰かと共有することもできないまま、僕は一人きりでそれを見ていた。”ーP.123

 

まとめ 月を見て想う

 内容的にはかなりキザで焦れったい、お洒落な恋愛感なのですが、著者はそれを嫌って、木樽をトリッキーな存在にすることでバランスを取ろうとしているように見えます。

 また、谷村は同短編集の次に収められている「独立器官」の語り手としても登場します。著者の等身大の分身のような描かれ方です。

 

 「Talking To The Moon」 本作では登場しませんが、私がこの作品でイメージするのはブルーノ・マーズの「Talking To The Moon」です。木樽目線だと、彼も孤独に月を見上げていたかも知れません。