パスタを茹でている間に

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考察・村上春樹著『緑色の獣』 正体不明の獣

 短編集「レキシントンの幽霊」より、『緑色の獣』を考察します。英訳タイトルが「The Little Green Monster」となっています。本短編を考察することが、一体誰の特になるのか?需要があるのか分かりませんが、ネタ切れなので記事にしてみました。

 

 

四段プロット あらすじの代わりに

  1.  主人公は専業主婦。子供はおらず、同居する親もなく、夫と二人で庭付きの一軒家に住んでいた。その住まいは主婦の生まれ育った家で、庭には子供の頃に植えた椎の木があった。主婦は幼い頃からその木を友達のように思い、何度も話をしながら共に育った。
  2.  その日も主婦は、夫を仕事に送り出し家事を一通り済ませたあとで、窓辺の椅子から庭を眺めていた。あたりがすっかり暗くなっていたことから、主婦は長い時間その木と心の中で話していたのだろうと思った。ふと気がつくと奇妙な音が聞こえてきて、はじめは自分の中から聞こえるようにも思えたが、音の出所は椎の木だった。
  3.  主婦が木の根本を見やると、土が盛り上がりその中から緑色の鱗をまとった獣が出てきた。獣は長い鼻を玄関の鍵穴に差し込み、ドアを開けて家の中に入ってきた。獣の目的が分からないので主婦が怯えていると、獣は主婦の心を読み、「敵意も悪意もない。奥さんにプロポーズしに来た」と言った。「なんて厚かましい獣かしら」主婦が心に思うと、獣は鱗を悲しみの色に変え、体も一回り小さくした。
  4.  その様子から、「獣は感情のままに変化するのでは?」と考えた主婦は、「だってお前は醜い獣じゃないか!」と強く心に思うと、主婦の悪意を吸い込んだ獣の目から赤い涙がこぼれ落ち、確信を得た主婦は一気呵成に拷問に苦しむ獣の姿をイメージすると、獣は「そんな酷いことを考えないで欲しい」と懇願するも聞き入れられず、獣は鱗を剥がされ、ナイフで切り刻まれ、焼きゴテで目を突き刺され、どんどん体を縮めていき、鼻も口も無くなり、悲しそうな目だけを空中に残したが、最後には虚空に消えてなくなった。

 

問題の抽出 私の目やあなたの目と同じように

リトル・グリーン・モンスター

 ビーストではなくて、モンスターなのが気になります。アメリカではクズ(葛)をその生命力の強さと厄介さから「Green Monster」とも呼ぶそうです。

 つる性の多年草である葛は、つるを伸ばして樹木に絡みながら成長し、絡み付かれた樹木は成長を妨げられ、やがて枯死します。除草剤に強く、地表面を除去しても地下の根茎から再生してしまうので、恐ろしく繁茂力が高い植物です。

 主婦は友達である椎の木の根本に、葛の予兆を発見したのでしょうか?

拷問されているのは誰か?

 主婦は獣を撃退するために、人の心を読む獣の能力を逆手にとって拷問の様子を強くイメージするのですが、このとき心を傷つけられているのは獣だけではありません。主婦ももちろんなのですが、読者もおぞましい情景を見せつけられます。

 長編でも著者は、唐突におぞましい風景を写実的に描写します。長編の場合は意図があってエピソードなのですが、本短編では拷問パートがメインです。

 

獣とは何か?

"私はその椎の木のことをまるで友達のように思っていた。私は椎の木と何度も話をした。

 そのときも、私はたぶん心の中で木と話をしていたのだろうと思う。"ーP.41

 と、こんな感じに冒頭から主婦の様子がおかしいです。

 一方で、獣のしゃべり方は奇妙で、同じ単語を繰り返すことが多いです。「悪意があつたりしたら悪意があつたりしたら」「好きで好きで」「深い深い」等です。

 

 "そういう種類のことは私にはいくらだっていくらだって思いつけるのだ"ーP.48

 主婦は獣を拷問しながらこんな風に勝ち誇るのですが、この「いくらだって」は傍点で強調されています。

 

あなたの目と同じように

”目にはきちんとした感情のようなものが宿っていたからだ。私の目やあなたの目と同じように。”ーP.43

 本短編では珍しく、「あなた」という二人称によって読者を物語の中に誘おうとする著者の試みがあります。短編全体は主婦目線の一人称なのですが、唐突にさらっと読者を物語の中に放り込もうとしています。

 

改行なしで2ページにわたる拷問シーン

 主婦が獣に対する悪意を一気に膨らませて拷問をイメージする場面では、著者は改行なしに2ページにわたっておぞましい情景を読者に押し付けてきます。これも本短編で著者が挑戦した試みの一つだろうと思って読みました。

 とにかく読者を「不快な気持ち」にしたかったのだと思います。 

 

関連する作品 正しく読者を不快にしたい

「皮剥ぎ」ボリスと、「猫殺し」ジョニー・ウォーカー

 著者の作品には、「皮剥ぎ」と「猫殺し」というとても有名な気持ち悪いエピソードがあります。読者を「正しく不快にさせたい」ようです。


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村上龍の五感コントロール

 関連する作品という程でもないのですが、私はこの短編を読んで、村上龍さんの作品を思い出しました。両氏も「正しい場面で正しく読者を不快にしたい」ということをやっています。以前、村上龍さんの文体に、五感をコントロールされてしまった読書体験があります。

 ドラッグだったり、変人の思考形態だったり、視点をグルグルと強制的に回されては、本を読んでいる私の腕に何かが触れた感覚までありました。母国語でこれらの作品を読めることは幸せなことだと思います。

 

 

 

 

全力考察 読者を不快な気持ちにさせたい

 「人を呪わば穴二つ」のように、他人の不幸を願えば、その不幸な状況を自身の心に思い浮かべなければならず、その行為が自身をどれだけ損なっているか?は客観的に判断することが出来ません。

 また、獣は「主婦の無自覚な悪意を引き出した」とも考えることもできます。

 獣を地下から湧き上がってくる葛と考えたとしても、完全な駆除は難しそうです。そして、椎(つい)は骨格の中心です。

 本作品については、「人の心を読むUMAが家に突然入ってきたら怖いよね?」なのか、それとも「不気味な獣よりも人間の方が怖いよね?」なのか、読者によって分かれる所だと思います。どちらも怖いですが。

 

まとめ 様々な「恐怖」

 「ねじまき鳥クロニクル」の前に書かれた作品ですので、「皮剥ぎボリス」の練習的な意味合いを持つ作品だと思います。

 

”こうして年代順に並べてまとめて読んでみると、それなりに自分では「なるほど」と思うものはあった。”ーP.213

 

 と、著者はあとがきで振り返っています。

 短編「レキシントンの幽霊」では、「恐怖」についてまとめられています。怪談やホラーとは少し違った怖さなのですが、著者の思い描く「恐怖」が何パターンか作品として収められています。