パスタを茹でている間に

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考察・村上春樹著『日々移動する腎臓のかたちをした石』

すごいタイトルのついた短編ですが、内容もすごいです。

主人公・純平は短編小説作家なのですが、その主人公が書きかけの小説のタイトルが「日々移動する腎臓のかたちをした石」となっています。主人公がその小説を書き上げるまでに起こった出来事を物語にしているという二重構造(小説内小説)です。

 

 

 

四段プロット あらすじの代わりに

  1.  主人公の純平は短編小説家。16歳のときに父親から「男が一生に出会うなかで、本当に意味を持つ女性は三人しかいない。」と断言された。大学に入り、何人かの女性と付き合うようになり、そのうちの一人が「本当に意味を持つ女性」となったが、その女性は純平の一番の親友と結婚してしまった。
  2.  「残りの二人の女性」を人生の早い段階で失うことを恐れた純平は、淡い男女関係を結び続けることを定型にした。純平はそういう都合の良い相手を選ぶ嗅覚も身に付けていった。その後、父親とは大学を出る頃になって口論から疎遠になったが、その言葉だけは強迫観念となって彼の中に残った。
  3.  純平が31歳になったある日、知り合いのパーティーでキリエ(36歳)という女性と出会うが、これまでの女性と同じような関係になる。自身の職業を明かさないミステリアスなキリエは、純平には他に、「想い人が居る」と言い当てながらも交際を続ける。あるときキリエは、「今書いている小説を知りたい」と純平に尋ねる。
  4.  純平は、「30歳の女医が主人公で、既婚の同僚と不倫中。ある日、一人旅の際に腎臓のかたちに良く似た石を見つけ、病院の自室で文鎮がわりに使おうと拾って帰る」と話し始めた。本当はそこまでで執筆は止まっていたが、キリエに促されるまま頭を働かせると、「毎朝女医が出勤すると、腎臓石の置いてあった位置が変化している」という奇妙な展開を思い付く。キリエは腎臓石の移動について、「腎臓石は女医を揺さぶりたい意思を持っている」と、考察する。その後もキリエとの交際と平行して、執筆が進んでいく。

問題の抽出 腎臓とはなんの事だ?

 今回はエンディングどころか、後半をバッサリと省略しました。でも、考察には十分です。

 英語タイトルは『The Kidney-Shaped Stone That Moves Every Day』となっています。ちょっと前に「もしも英語が使えたら」というのが「今週のお題」になっていましたが、この作品を読むのに英語が使えたらと思いました。

 「腎臓 石」で検索すると、「腎臓結石(キドニー・ストーン)」が出てくるのですが、kidneyには腎臓の他に、「気質・性質」という意味もあります。英語が不自由なので、「Kidney-Shaped」を「具現化された性質」と訳して良いものか?分かりません。ですが、そんな読み方をしました。

 

 英語による解釈はあきらめたとしても、

 腎臓は血液をろ過する役割があるのですが、結石はカルシウムが結晶化し集まったものとの事です。

 つまり、何かしらの傾向・定型(性質)により、行き場を失ったナニかが滞積し、人に害を与えるようです。

 

関連する作品 無自覚に自分を守ろうとしてしまう

短編集「東京奇譚集」より、『日々移動する腎臓のかたちをした石』

 

 この短編をバージョンアップしたのが、「色彩を持たない多崎つくる(以下略)」だと思いました。本作の「父親の呪い」が、多崎つくるでは「友人からの絶縁」となり、多崎つくるは誰にも心を開けない人間になってしまっています。

 「嫉妬」というキーワードもありますが、これも「多崎つくる」では「牢獄」として、さらに深めてあります。

 

while-boiling-pasta.hatenablog.com

 

全力考察 どこにもたどり着けない想い

 主人公の純平は、交際相手と真剣に向き合いませんので、どこにもたどり着けません。一方、純平の描く女医の不倫関係も不毛で、どこにもたどり着けません。

 つまり、無自覚に「行き場を失った想い」を溜め込み続ける純平が、どこにもたどり着けない女医の不倫を描いている物語です。動けなくなった人間の代わりに、動くはずのない石が移動するお話です。

 最終的には、そんな純平をキリエが見事に救いだしてくれる物語になっています。

 『日々移動する腎臓のかたちをした石』というタイトルに、心を揺さぶられた方は、是非一度手にとって頂きたいです。

 

まとめ 風と共にあるキリエ

 キリエは著者の作品の中でもかなり特別な人物だと、私は思っています。

 著者の処女作『風の歌を聴け』では、風についての小説を書こうと志す鼠が登場します。鼠の描こうとしているのは幽玄で捉えようのない風です。そしてその風の中にナニかを見ようと思い悩んでいます。

 一方、風と共にあるキリエは、著者の理想を実現している完璧な存在として描かれています。他の作品の登場人物と比べても一線を画し、迷いがなく達観しているキャラクターです。

 

”風はひとつのおもわくをもってあなたを包み、あなたを揺さぶっている。風はあなたの内側にあるすべてを承知している。風だけじゃない。あらゆるもの。石もそのひとつね。”ーP.167