パスタを茹でている間に

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考察・村上春樹著『女のいない男たち』水夫は風を捉えて進む

短編集『女のいない男たち』の表題作を考察します。まえがきでは「女のいない男たち」というモチーフで短編をいくつか書いたあとで、単行本のための表題作を書こうと思い立ったと語っています。また本作については、「そうだ、こういうものを書こう」という着想を得てからは、一気に書き上げたとのことです。

 

 

四段プロット あらすじの代わりに

  1.  主人公(語り手)が自宅で寝ていると、夜中の深夜1時に訃報の電話に起こされる。電話の主は語り手の元カノ(エム)の夫だった。語り手はエムと別れてから疎遠になっていて、会うことも電話すらしていなかったので、彼女が結婚していたことも知らなかったし、彼女の夫とは面識もなかった。「妻は先週の水曜日に自殺をしました。なにはともあれお知らせしなくてはと思って、」低い声で男は言った。
  2.  エムはなぜ自殺をしたのか?なぜ彼女の夫は自分に連絡をしてきたのか?思い当たることがなく、語り手はエムとの思い出を回想する。語り手とエムが付き合っていた期間はおよそ二年間で、それぞれの事情があり、月に2、3度しか会えなかった。(年齢が明確に記されていないが、ドライブデートの記述があるので、少なくとも18歳以降だと推測される)そしてあるときわけがあって離ればなれになったが、具体的なことを語ると誰かに迷惑が及ぶことを躊躇し、一時期親密な関係にあったとだけ明かした。
  3.  語り手は、自分とエムとが出会ったのは14歳の生物の授業中だと仮定していた。実際の交際時期は違うのだが、語り手はシーラカンスやらアンモナイトの授業中に彼女と恋に落ちたと思っていたかった。語り手は自身の十四歳の頃を、「作りたての何かのように健康で、温かい西風が吹くたびに勃起した」と振り返り、彼女はそんな西風ばかりでなく、全ての風を打ち消すほどの素晴らしかったと感じていた。そんな風に語り手は彼女との出会いを美化していた。しかし、そんな素晴らしい彼女は世界中の水夫に狙われていて、いつしか連れ去られてしまった、と語り手は考えていた
  4.  語り手はエムが亡くなってしまったことを哀しみながらも、彼女の夫の境遇を憐れんだ。そして、いつも散歩コースにしている公園にある一角獣の像の前を通るたびに「女のいない男たち」について考えを巡らせる。

”女のいない男たちになるのがどれだけ切ないことなのか、心痛むことなのか、それは女のいない男たちにしか理解できない。素敵な西風を失うこと。十四歳を永遠にーー十億年はたぶん永遠に近い時間だーー奪われてしまうこと。遠くに水夫たちの物憂くも痛ましい歌を聴くこと。アンモナイトシーラカンスと共に暗い海の底に潜むこと。夜中の一時過ぎに誰かの家に電話をかけること。夜中の一時過ぎに誰かから電話がかかってくること。知と無知との間の任意の中間地点で見知らぬ相手と待ち合わせること。(中略)とにかく一角獣の像の前で、僕は彼がいつか立ち直ってくれることを祈る。”ーP.291

 

問題の抽出 水夫って何だよ?

頑張ってプロットに書き直しました。何度か諦めかけましたが、やり遂げました。未読の方からすると唐突に「水夫」が出てくるので、「水夫って何だよ!?」って思われたかも知れませんが、原文を読んでいても同じ反応になります。

プロットだけ読むと「インポになった男性の切なさを描いている」と感じるかもしれませんが、それは私が意図的にそのようなプロットに書き直しているからです。

 

風を捉えて進む水夫

水夫(sailors)は、sail(帆)に風を捉えて前に進む者たちと読めます。風とは社会の風潮や時代の風です。反水夫とは時代に逆らって生きる者たちとなり、エムはそんな狡猾な水夫に連れ去られてしまっています。この段階で「エム」とは女性ではなく、別な何かを象徴している可能性が浮上します。

 

素敵な西風と、十四歳

水夫には水夫(すいふ)と読む場合と、同じ漢字を用いて水夫(かこ)と読む場合があります。また、westという英語には似たような響きを持つwaste:wéɪst(浪費など)があり、太陽が西に沈むことからも過去をイメージさせます。しかし、本作では「素敵な西風」とポジティブに使われています。

「西」の持つポジティブな意味には、西洋風、西側諸国には自由主義があります。また、西部開拓時代のようにフロンティア精神や、未開拓地の開発や、発展途上を見ることもできます。他には西方浄土です。

 十四歳は未熟で未発達です。ここに未完成を見ることができますが、裏を返せば「可能性の塊」です。ポジティブな「西」と対比させて「シーラカンスアンモナイト」が出てきますが、生きた化石は完成品でその後の発展がありません。

しかし、十四歳には可能性しかありません。

 

一角獣はその可能性の全てを乙女に捧ぐ

一角獣は獰猛な幻獣で、人間に捕まるぐらいなら自ら死を選ぶほどのプライドの高い生き物です。ノアの方舟に乗ることを拒んだために、大洪水の際に絶滅したとも言われます。しかし、乙女に対しては従順でその身を委ねます。

詩人リルケの作品「オルフォイスへのソネット」では、一角獣を現実には存在しない獣とした上で、それでも人々はこの獣を愛したので、純粋な獣が生まれたとしています。そして穀物では育たず「可能性こそが獣に大いに力をあたえ」たとしています。

つまり、十四歳の「可能性の塊」である主人公が、自身の可能性の全てを捧げるべき相手(対象)がエムです。

 

  

関連する作品 

”「作家は贔屓筋の読者のために作品を書く部分がある」”ー『若い読者のための短編小説案内』P.164

 

この作品は短いながらも過去の作品で使われたキーワードが盛りだくさんです。これが著者の着想です。

 

while-boiling-pasta.hatenablog.com

 

『不吉な電話』が多すぎる

『自殺する元カノ』も多すぎる

風の歌を聴け』の風とレーゾン・デートゥル

国境の南、太陽の西』の西と100%の少女

『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の一角獣

『多崎つくると彼の巡礼の年』のエレベータ音楽

竜巻や納屋、月の裏側に海の底、水曜日 などなど。

 

前回の記事で私は、「ロールシャッハ・テストのような物語が好きだ」と書きましたが、本作は読者によって「何を引き寄せて読むか」が違うので、読み方がバラバラになります。また、予備知識の無い人がキーワードを深読みしようとすると、参照すべき作品が多すぎて手に終えません。(過去の作品のキーワードを無視しても読めます。)

 

機動戦士ガンダムUC

同じくユニコーンを扱った作品ですが、ガンダムを知らない人に簡単に内容を説明すると、

 生まれながらに政治と戦争の世界に取り込まれ、自分の責務を果たそうと役割を演じ続けるヒロインの少女ミネバ・ザビを救うべく、主人公のバナージ・リンクスが「自身の持つ可能性の全て」を彼女に捧げ、彼女が背負わされた「大人たちの書いたシナリオ」からの解放に奔走する物語です。


www.youtube.com

全力考察 

自身の可能性の全てを捧ぐべき対象(エム)が、時代の風を捉えて前に進む水夫によって奪い去られる。真夜中の電話が唐突にその対象が自殺してしまったことを自分に告げてくる。対象を失った者は「女のいない男たち」となり、孤独の中を生きるようになる。そんな彼らに対して出来ることは、彼らが月の裏側にある「事実ではない本質」を忘れないでいられるように祈ることだけだ。

 

まとめ 「ミネバ・ザビである。道を開けよ。」

ミネルヴァはパラス・アテナと同一視される女神です。アテナはパルテノン(処女宮)に奉られるパラス(処女)の女神です。ユニコーンが身を委ねるのは乙女のみです。アテナは戦の女神としてのイメージが強いのですが、他にも知恵・工芸そして芸術を司ります。

ミネルヴァはフクロウを伴って描かれます。村上春樹作品におけるフクロウは、かつて人間が自然の一部であった頃に戻してくれる存在です。ガンダムを扱うかどうかは最後まで迷ったのですが、解決の仕方が違うものの同一主題を読めたので、参考までに。時代がエムを連れ去ろうとしています。

 

エムを何と読むか?は読者の自由です。メタファー(自身の心の内を自身の身の周りで起こっている出来事の概念を利用して理解・説明する。またはその逆)とする読み方もできます。この場合は比喩表現としてのメタファーではなく、受け取り方としてのメタファーです。