パスタを茹でている間に

村上春樹作品を考察しているブログです。著者の著作一覧はホーム(サイトマップ)をご確認ください。過去の考察記事一覧もホーム(サイトマップ)をご確認ください♪

考察・村上春樹著『どこであれそれが見つかりそうな場所で』

短編集「東京奇譚集」より、「どこであれそれが見つかりそうな場所で」を考察します。なかなか惹かれるタイトルです。主人公は45歳の独身で、特殊な状況で失踪してしまった人を専門に探すボランティアをしています。そんな主人公のもとに依頼人が訪れるところから物語が始まります。

 

 


四段プロット あらすじの代わりに

  1.  特殊な状況で失踪してしまった人を専門に探している主人公のもとに依頼人がやって来る。依頼人は35歳の主婦で、メリルリンチでトレーダーをしている夫(40歳)が突然居なくなってしまったので探してほしいとのことだった。夫婦は品川にあるマンションの26階に住んでいて、同じマンションの2階下で夫の母親が独り暮らしをしていた。夫の母親は伴侶を亡くしてから不安神経症に悩まされており、一人息子である夫が同じマンションに呼び寄せて、具合が悪くなると夫婦で面倒を見ていた。
  2.  ある日の日曜日、いつものように母親からの電話で夫が呼び出される。夫は朝食用のパンケーキを焼いておくように妻に言い残し、母親の様子を見に向かった。夫は狭い場所が苦手だったので、普段からエレベーターを利用せずに階段を使っていた。なかなか戻らない夫を不思議に思った妻が義母に電話をすると、夫はもう既に部屋を後にしているとのことだった。夫は24階と26階の間で姿を消してしまった。
  3.  主人公はその日の内に調査を開始し、24階と26階の階段を昇り下りしながら失踪の原因となった「何か」を探す。調査は数日間にわたり、その間にマンション住人で階段を利用している人たちに聴き込みも行った。「階段をジョギング・コース代わり」に走って昇る住人、踊り場のソファーでは「健康のためにタバコを嗜む」老人、「エレベーターは臭いから」時々階段を利用している小学生などに話を聞くが、調査は進展しなかった。
  4.  しかし「夫が仙台で発見されました。」との依頼人からの電話連絡を受けて、主人公の調査は終了する。失踪人は行方不明となった期間(20日間)の記憶を失っており、当日の服装のまま、20日分の無精髭をはやした状態で発見された。病院での精密検査でも特に異常はなく、記憶の欠落と10キロほど痩せたこと以外には心身共に問題はなかった。

 

問題の抽出 打つ消しあう行為

 今回のプロットはあらすじに近く、著者の主題を明らかに出来ませんでした。あらすじとしても下手くそで、強引に短くまとめただけになってしまいました。
 本作では、「読者が読みたいもの」と「著者が読者に読ませたいもの」が違っていると思いました。つまり、「読者が読みたいもの」は「失踪事件の顛末」なのですが、著者はそれをエサに、違うものを読者に読ませようとしています。それは、「矛盾する行為」です。

対価の発生しない無償労働

主人公はメインの収入(短編内では明らかにされていません)があるため、失踪人探しはボランティアで行っています。また、捜索に費やした時間を「効用のない摩耗」と表現しており、無為に時間を消費すること自体を目的にしている節があります。

 

酔いつぶれて路面電車に轢かれる僧侶

 失踪者の父親は酔いつぶれて路面電車の線路の上で寝てしまい、轢かれて死んでいます。路面電車も今では殆どがバスに切り替わったが、その一部がモニュメント的な役割で残っていたそうです。
 失踪者の父親は浄土宗の住職だったのですが、一人息子(夫)は後を継ぎませんでした。そもそも、原始仏教では女人禁制で妻帯できませんので、世襲もありません。お酒は宗派によって異なります。

 

閉所が苦手なのに高層マンションに住む

夫はもともと閉所が苦手なのに、高層マンションを住居にしています。そして、「健康のため」に階段を利用しているのですが、日曜日はパンケーキをたっぷりと食べ、結婚してから10キロほど太ったそうです。

 

ジョギング・コース代わりに階段を駆け上がる

矛盾とは少し違いますが、階段を本来の目的とは別の手段として利用しています。健康維持のためです。平日は仕事で忙しいので、週末にまとめて取り戻しているそうです。(健康を)

 

健康のためにタバコを嗜む

退職した老人は「タバコはいつでもやめられるが」としながら、喫煙の習慣を保つことで外出の機会を作り出しています。タバコを買いに外にでたり、階段の踊り場まで一服しに来たりすることで、雑事を増やしてます。

 

オールド・ファッション(時代遅れ・古い流行)

エレベーターが臭いからたまに階段を利用している小学生の女の子には、特に矛盾は見られませんでした。彼女は階段の踊り場に備え付けてある大きな鏡が気に入っていて「おうちの鏡とは違う」と、主人公に注意を促します。また、主人公に「好きなドーナツは何か?」と尋ね、「オールド・ファッション」と答えさせています。
ファッションは本来、「ある時点の流行」なのですが、トレンドや最新の意味を含めて捉えるときもあります。

 

関連する作品 異世界への扉

スプートニクの恋人

while-boiling-pasta.hatenablog.com

アフターダーク」の白川

while-boiling-pasta.hatenablog.com

 

全力考察 矛盾に気付けない現代人

読者が気になっているのは「現代風神隠し」なので、その解決を知りたくて読み進めます。なので、プロットは上述の通りになります。しかし、著者は問題を解決せず、「打ち消しあう行為」のエピソードを散りばめています。このエピソードから問題解決のヒントを探そうとすると、何も見つかりません。そして、どれもあり得そうなエピソードなので、その矛盾に気付くことができません。
かなり異常なのが、主人公の目的である「時間の摩耗」ですが、報酬を貰ってしまうと、「矛盾した世界」から抜け出してしまいます。

 

まとめ 水は高きより低きに流れる

"「ご存知のように、全ての水は与えられた最短距離をとおって流れます。しかしある場合には、最短距離は水そのものによって作り出されます。人間の思考とは、そのような水の機能に似ております。"-P.127

老人のセリフです。
過剰に摂取したカロリーを消費するために運動をし、たまにジャンクフードが食べたくなるのでサプリメントでリセットして、暇になると雑事を求めて時間を潰す。エレベーターやスマホは便利だけど、別の不便と不快をもたらす。矛盾の解消を目的に、新たな矛盾を造り出す。

水は自然に逆らいませんが、人間は不自然に不自然を覆う生き方しかできず、またそれを自覚できません。