パスタを茹でている間に

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考察・村上春樹著『蜂蜜パイ』 地震男がふたを開く

 今回は短編集「神の子どもたちはみな踊る」より『蜂蜜パイ』を考察します。こちらの作品は『かえるくん、東京を救う』と並んで、とても人気のある短編で、ストレートで分かりやすい物語になっています。

 主人公は短編『日々移動する腎臓のかたちをした石』で登場した、短編小説家の純平です。『日々移動する~』では、キリエというミステリアスな女性に促されて執筆を進めました。本作では、学生時代から親交の続く親友の娘・沙羅を喜ばそうと、『蜂蜜パイ』という童話を創作するお話です。

 

 

 

あらすじ

”「熊のまさきちは食べきれないほどたくさんの蜂蜜を手に入れたんで、それをバケツに入れ、山を下りて町に売りにいった。まさきちは蜂蜜とりの名人だった」「どうして熊がバケツなんて持っているの?」”ーP.189

 純平と沙羅は「おてて絵本」のようなやり方で、対話式で物語を創作し遊んでいた。

 純平は36才の短編小説家で、大学時代からの友人でシングルマザーの小夜子から呼び出され、彼女の家を訪ねていた。

 神戸の地震以降、沙羅(5才)が毎晩真夜中に悪夢を見るようになり、夢の中で「地震男」なるおじさんに小さな箱に無理矢理押し込まれそうになるとのことだった。

 純平は沙羅のヒステリーを鎮めた後で、近いうちに気分転換に動物園へ行こうと小夜子に提案した。

 

 純平と小夜子が出会ったのは、文学部の教養課程のクラスがきっかけだった。まず、人懐っこく決断力のある高槻(小夜子の元夫)が純平と仲良くなり、次いで二人で小夜子を食事に誘い、以来三人は親密なグループを作った。

 しばらくして、純平は小夜子に恋心を抱くも三人の関係性が壊れることを恐れて自分の想いを明かさなかった。しかし、高槻は小夜子への想いを純平に相談し、純平の承諾を得て交際へと発展させた。純平は二人の交際に納得しながらも自身の至らなさに落ち込み、しばらく学校もアルバイトも休んだ。

 高槻は純平が死んだのではないか?と冗談半分に心配しながらも、死体を見たくなかったので代わりに小夜子を見舞いに行かせた。小夜子は純平の気持ちを察しながらも、これからも仲の良い友達でいたいと静かに泣いた。

 純平は小夜子を抱き寄せると、抵抗もなかったのでそのまま唇を重ねた。しかし、正気を取り戻した小夜子に「明日から学校に戻るように」と優しく諭され、その日は別れた。

 翌日から純平を含めた三人はかつての親密さを取り戻し、「このまま居なくなりたい」という純平の思いも不思議と消え去った。

 

 大学を卒業すると純平はアルバイトで食いつなぎながら短編小説家としてデビューした。小夜子は大学院に進学し、高槻は新聞社に入社し社会部に配属された。

 卒業から半年ほどで高槻と小夜子は結婚し、純平は週に2,3回のペースで彼らのマンションに遊びに行き、夕食を共にした。

 夫婦は二人で居るときよりも純平を交えたときの方が寛げた。純平は小説を書き上げるとまず、小夜子に見せて意見をもらった。

 高槻の仕事が忙しくなり、家に帰らなくなる日も多くなると、小夜子は深夜でも純平に電話をかけて、他愛のない話をした。

 小夜子は30才で妊娠し、沙羅が産まれた。沙羅が産まれた夜、純平と高槻は小夜子の居ないマンションで祝杯をあげた。

”「今だから言うけど、小夜子はもともとは、俺よりはお前に惹かれていたんだと思うな」と高槻は言った。彼はかなり酔っていた。”ーP.214

 

続く…。

 

問題の抽出 小説内物語  

今回はあらすじを書いてみました。後半を丸々カットしました。前半部分で純平と小夜子が「両片思い」の可能性が浮上し、後半に続いていきます。タイトルが『蜂蜜パイ』になっているのは、「熊のまさきち」の物語が純平と沙羅の手によって発展していく小説内物語の構造になっているからです。

純平は、キリエに自身の堆積物に自覚させられる物語に導かれ、小夜子には感傷的な悲恋の物語を、そして沙羅には『蜂蜜パイ』という未来を示されます。

 

関連する作品 

「おてて絵本」

「おてて絵本」ってご存知ですか?子どもの想像力を育む創作遊びだそうです。本作では主人公が作家なので、話を進めていくのは純平です。

 

 

「日々移動する腎臓のかたちをした石」

主人公の純平が、ガールフレンドのキリエに促されて短編を書き進めていくという物語です。

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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

沙羅という同じ名前を持つ大人の女性が登場します。

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全力考察 「地震男」とは何か 

”高槻は”新聞記者の仕事を楽しんでいた。彼はまず社会部に配属され、現場から現場へと飛び回っていた。そのあいだにたくさんの死体を目にした。おかげさまで死体を見ても何も感じなくなってきたよ、と彼は言った。ばらばらになった轢死体、黒こげの焼死体、腐って変色した古い死体、膨らんだ水死体、散弾銃で脳味噌を吹き飛ばされた死体、鋸で首と両腕を切断された死体。”ーP.212

 

こういった気持ちの悪い文章に、いつからか耐性が出来てしまったのか、何とも思わない自分をふと発見します。

テレビから流れてくる凄惨なニュース映像にも、次第に慣らされてしまっています。

既に自分の心が何者かに捉えられ、狭い箱に無理矢理押し込められ、箱のサイズに収まることしか感じられなくなってしまっている不安にかられます。

心が本来あるべき正しい状態は、子どもたちから教わる以外に方法はないのかもしれません。

 

まとめ 自分の遺伝子を残したくない主人公

村上春樹作品では、主人公が血縁関係にない子どもの養父になろうとする作品がいくつかあります。私はこの傾向に何かしらの病的なものを感じます。