短編集「神の子どもたちはみな踊る」より、『UFOが釧路に降りる』を考察します。こちらの短編集は阪神淡路大震災を扱った作品とされているのですが、地震のあとで地下鉄サリン事件が起きています。
同短編集は連作「地震のあとで」が元となっていることから、本短編は「カルト宗教による勧誘プロセスが描かれている」との読みが示されています。(評論家の加藤典洋さんです。村上春樹イエローページで有名です。)
しかし、小説の読み方は自由なので、私は違った読み方をしてみたいと思います。
四段プロット あらすじの代わりに
- 主人公の小村はオーディオ機器販売の会社で営業をしている31歳。小村は26歳で結婚するが、ハンサムで仕事もできる小村に対し、彼の妻に対する周囲の評価は低いものだった。それでも彼自身は結婚生活に安らぎを感じており、結婚後は奇妙な夢に悩まされることもなくなった。しかし、大震災を機に妻の様子がおかしくなり、寝ても覚めても地震ニュースを追いかけるようになり、テレビの前を離れなくなってしまった。
- しまいには妻は置き手紙を残して実家に帰ってしまい、小村は混乱の中なんとか戻ってきてもらおうと尽くすが、聞き入れられず、送られてきた離婚届に判を押した。小村は傷心のなか一週間ほど有給を申請するが、休暇中にやりたいこともなかった。そんなとき、後輩の佐々木に「北海道に届けたい大事な私物があるので運んでほしい」との提案を受ける。
- 小村は旅費と引き換えに承諾し、中身を知らされないままに骨箱サイズの荷物を預かり、北海道に居る佐々木の妹に箱を届ける。北海道に着いた小村は、佐々木の妹とその仲間のシマオさんに提案されるままにラーメンを食べ、宿泊先としてラブホテルに案内される。道中、一方的な絶縁に対して二人に同情されながら、「UFOの目撃をきっかけに失踪した母親」の話を聞かされ慰められる。終始、小村は(他)人の提案を受け入れ続けた。
- ラブホテルに到着してからも、小村は二人に促されるままに風呂に入る。風呂から上がると佐々木の妹は帰っていて、入れ違いにシマオさんが風呂に入る。バスタオルを巻いたままで戻ってきたシマオさんは、「学生時代に彼氏と山へハイキングに行ったとき、茂みの中でセックスを始めたが、熊が怖かったので熊避けの鈴を振り続けた」というエピソードを披露する。
”「ああよかった。小村さんもちゃんと笑えるんじゃない」”ーP.38
問題の抽出 飛ばされた物は何か?
”「小村さんの中身が、あの箱の中に入っていたからよ。小村さんはそのことを知らずに、ここまで運んできて、自分の手で佐々木さんに渡しちゃったのよ。だからもう小村さんの中身は戻ってこない」”ーP.43
UFOとはなにか? Unidentified Flying Object
- UFO「未確認飛行物体;Unidentified Flying Object」
- Unidentified 未確認、身元不明
- identified 身元を明らかにする
- Identity 正体、身元、独自性、主体性、本性
- Object 物、物体、客体
「IDカード」とかのIDですが、identification が語源です。主体性があることが「自分が自分である」ことを証明します。
主体性と自主性、自律的と他律的
- 主体性とは、自ら目的・目標を設定し行動すること
- 自主性とは、与えられた目標に対し、自らの考えで行動すること
- 自律的とは、自身を律する基準を自己に持つこと
- 他律的とは、自身を律する規準を他者(外)に持つこと
主体性を欠けばただの物(object)です。自分の読み方を示せることが私のアイデンティティです。
料理の皿と箱の中身 「私を私たらしめるものは何か?」
ラーメンを食べるときにはどんぶりが必要です。作られた料理をテーブルまで運んだり、食事をするには皿や器が必要です。ですが、メイン(主)となるのは料理であってお皿ではありません。箱は中身を運ぶのに必要ですが、中身を取り扱うための箱です。器が無いとラーメンはぐちゃぐちゃになって床やテーブルにぶちまけられて、食事どころではありません。
地震とUFOと熊 のエピソード
不思議なエピソードが挿入されていますが、その意味についてはシマオさんが総括しています。
”「思うんだけど、今の小村さんに必要なのは、気分をさっぱりと切り替えて、もっと素直に人生を楽しむことよ」とシマオさんは言った。「だってそうでしょ?明日地震が起きるかもしれない。宇宙人に連れていかれるかもしれない。熊に食べられるかもしれない。」”ーP.39~40
自分を定義するモノは、好きな物事、したいこと、目的・目標、望む未来です。
関連する作品
リトルピープルと空気さなぎ「1Q84」
自己を捧げる人々
while-boiling-pasta.hatenablog.com
人格否定から始まる物語「木野」
主人公が全否定されて、失意のなかで旅に出るのは村上春樹作品のパターンです。
while-boiling-pasta.hatenablog.com
全力考察 箱の中身・小村の中身
主体性(Identity)を欠いた主人公・小村が物(object)のように北海道に飛ばされるお話です。北海道に着いた直後、小村は
”「でもここでこうしていても、遠くに来たような気があまりしないな。変なものだね」
「飛行機のせいよ。スピードが速すぎるから」とシマオさんは言った。「身体は移動しても、それにあわせて意識がついてこれないの」”ーP.27
と、こんな感じでした。しかし、エンディングでは
”「ねえ、どう、遠くまで来たっていう実感が少しはわいてきた?」
「ずいぶん遠くに来たような気がする」と小村は正直に言った。”ーP.44
小村は自身の心を取り戻していますので、回復の物語とも読むことができます。
まとめ 他律的な生き方
カルトによるマインドコントロールを受けていなくても、自分で考えることを諦めて他律的に生きる人はいます。
追記.
とても大切な視点に気付かされました。それは、
「自身を粗末に扱うものは、他者に共感し寄り添うことが出来ない」
ということです。直接的には記されていませんが、こんな文があります。
”新聞は相変わらず地震の記事で埋まっていた。(中略)死亡者数はいまだに増え続けていた。(中略)悲惨な事実が次々に明らかになっていた。しかし小村の目には、それらのディテイルは妙に平坦で、奥行きを持たないものに映った。”ーP.22
ここまで読み込んでこその考察でした。