パスタを茹でている間に

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考察・村上春樹著『午後の最後の芝生』 成長する自己を刈る

 今回は、村上春樹作品の中でも特に人気のある短編『午後の最後の芝生』をご紹介します。私にはあまり印象がなかった作品なのですが、調べてみると、とにかく大人気でした。こちらの短編は業界人にも人気のある作品のようです。

The Last Lawn of the Afternoon

 

 イラストレーターの沢野ひとしさん、思想家の内田樹さん(村上春樹解説本を多数執筆)、小説家の小川洋子さん、映画監督の市川準さん(映画『トニー滝谷』の監督)、イラストレーターの安西水丸、元『文學界』編集長の湯川豊さん、村上陽子夫人 

 など、wikiより

 

 ほとんど著者の身内じゃないか?とも思いましたが、アーティスティックな創作活動をされているような方には惹かれるものがあるのでしょうか?

 

 

四段プロット あらすじの代わりに

  1.  主人公は33歳の小説家。中学校の近くに引っ越したことを機に、中学生を眺めながら14・15年前の自分を回想する。主人公は、「記憶と小説は似ている」とした上で、どれだけ努力して形を整えようとしても、文脈は「ぐったりした子猫を何匹も積み重ねたみたいだ」と語る。そして、キャンプ・ファイヤの薪みたいに積み上げられた猫たちが、自分達の状況をどう思っているか?「あれ?変だな?」程度に思っていてくれるなら救われる、と主人公は思う。
  2.  主人公が18か19才の頃は大学生で、遠距離恋愛の恋人がいた。年間を通しても2週間しか会えないが、主人公は夏に恋人との旅行を計画し、芝生刈りのアルバイトをしていた。しかし、7月の初旬に恋人から長い手紙が届きフラれてしまう。彼女に新しいボーイフレンドが出来たためだったが、手紙には「あなたのことは今でも好きです」「でもそれだけじゃ足りない気がした」「19というのは、とても嫌な年齢です」「私は自分が何かを求められているとは思えない」と綴ってあった。主人公は旅行が頓挫したのでお金の必要がなくなり、勤め先にバイトを辞めたいと申し出る。繁忙期だったので一週間だけと引き留められる。
  3.  主人公の最後の現場は、50代くらいの背の高い女主人の家だった。主人公は芝生刈りが大好きだったので、仕事が丁寧で評判も良かった。最後の仕事もキレイに刈り揃え、女主人に褒められる。途中、昼食にサンドイッチを、仕事終わりには酒を振る舞われる。女主人は、夫が休みの度に几帳面に芝生を刈っていたこと、夫が亡くなってからは自分にも娘にも芝生の手入れはやる気がなく、いつも業者に頼んでいたことを語る。そして、主人公に来月も来るように伝えるが、「学業に戻るため」来月は来れないと主人公は断る。
  4.  主人公が大学生だと分かると、未亡人は「見てほしいものがある」と主人公を娘の部屋へと案内する。娘の部屋は鍵がかかっていて、雨戸で閉ざされ、カレンダーが6月で止まったままで、一ヶ月分の埃がたまっていた。未亡人はカーテンを払い窓を開け、主人公に洋服ダンスを開けて見るように促す。未亡人に感想を求められた主人公は几帳面に整えられた私物や洋服の趣味から、「とても感じのいいきちんとした人」と自分と同年代であろう彼女について感想を述べる。主人公にはそれ以上のことは分からなかったが、未亡人に重ねて問われて、

 ”問題は…彼女がいろんなものになじめないことです。自分の体やら、自分の考えていることやら、自分の求めていることやら、他人が要求していることやら…そんなことにです”ーP.182

 と答える。

 

問題の抽出 芝生刈りの意味 

 まず、著者の小説は下記の通りに読める場合があります。

 ”僕らの人間的存在は簡単に説明すると(中略)自己(セルフ)は外界と自我(エゴ)に挟み込まれて、その両方からの力を常に等圧的に受けている。それが等圧であることによって、僕らはある意味では正気を保っている。(中略)作家が小説を書こうとするとき、僕らはこの構図をどのように小説的に解決していくか、相対化していくかという決定を多かれ少なかれ迫られるわけです。”『若い読者のための短編小説案内』ーP.60

 なので、芝生を綺麗に短く保つことは「自我の保存」です。変われと要求してくる外圧(自己)を無視するのが19歳です。主人公がどれだけ芝生刈りが好きなのか?プロットでは伝わらないと思いますが、とにかく芝を刈るのが大好きです。

 そして、引用箇所は、未亡人の娘のことでもあり、主人公自身のことでもあり、元カノのことでもあります。

 

関連する作品 それぞれの扉

 本作では、物語のトーンを表すために、3つの楽曲が使われています。彼らの生きた19歳がどんな時代だったか、音楽によって示されています。

 

The DoorsLight My Fire 1967年

ドアーズというバンド名の由来は『知覚の扉』です。

”And our love become a funeral pyre”

pyreは火葬用の薪です。子猫も薪です。


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The BeatlesThe Long And Winding Road 1970年

”Don't keep me waiting here lead me to you door”

君の扉に導いてくれ」という歌です。

 


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Three Dog Night – Mama Told Me 1970年

ママに「ドラッグパーティには行くな」と言われていたのに行ってしまったという歌です。煙が充満し締め切った部屋が会場です。その時代そのものが、「ドラッグパーティのような年代だった」とも、捉えることが出来ます。


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全力考察 主人公はどこにたどり着いたのか?

 未亡人の娘はどこに行ってしまったのか?死んでしまったのか?読者に委ねられるところですが、色々と考えられます。

 大学デビューしてハメを外し、新歓コンパで急性アル中なんて、今でもたまに聞きます。当時は学生運動の真っ最中で、内ゲバなんかもあったそうです。昔も今も、急に誰かが居なくなったり死んだりします。明示しないことで、読者に様々な理由を自由に選ばせています。

 また、プロットでは省略しましたが、主人公は以前に一度だけお客の奥さんと不倫していて、そのときは雨戸を締め切り、部屋を真っ暗にして、最中にかかってきた電話を無視しています。

 「締め切られた部屋の扉を開けること」が本作のテーマにもなっています。「扉を求めた主人公はどこにたどり着いたのか?」エンディングは省略しましたので、興味を持っていただけたなら、是非読んでみてください。

 彼らが求めた「扉の解放」は、未亡人からすると「娘の部屋」で、主人公からすると「浮気現場」で、元カノからすると「19歳」で、時代は「マリファナパーティー」です。

 中に入るための「扉」なのか?外へ出るための「扉」なのか?

  

まとめ 村上春樹作品の中でも特に人気のある短編

 当時を体験した人でないと深く味わえない作品なのかもしれませんが、音楽を手がかりに当時を知ることも出来ます。

 本作では、主人公は自身の状況を客観的に判断できていないようです。そこで主人公の状況を音楽に語らせているようです。

 著者の主題はなんであったか?私のようにこじつけた解釈をせずとも、当時を知らずとも、不思議と人を引き付ける魅力のある物語です。

 創作活動をしている人たちからすると、自身の記憶や作品を、「ぐったりとした子猫」に見立て、火葬用の薪として燃やしている感覚があるのでしょうか?火葬されているのはなんなのでしょうか?

 未亡人の方に感情移入しても、本を閉じた後に物語が広がっていく短編です。