村上春樹著『踊る小人』を考察します。短編集「蛍・納屋を焼く・その他の短編」収録。主人公は「象の水増し」を行っている象工場に勤めている青年という、かなりぶっとんだ内容のお話です。
The Dancing Dwarf
四段プロット あらすじの代わりに
- 主人公の青年は象工場で象の製作に従事していた。象工場ではまず、一頭の本物の象を捕まえてきて、ノコギリで耳と鼻と頭と胴と足と尻尾に5分割する。そして、1/5になった本物に対して、4/5の偽物のパーツを組み合わせ、1頭の本物から5頭分の象を人工的に作成し、水増しを行っていた。ある日主人公が寝ていると、夢の中に小人が出てきて「踊りませんか?」と誘われた。主人公はそれが夢だということが分かっていたが、夢の中でも疲れていたので、小人の誘いを断った。
- 後日、小人のことが気になった主人公は、職場の相棒に相談した。そして、革命前から工場で勤めている老人が小人のことを知っていると聞き、酒場を訪ねる。「踊る小人」は北の国からやって来て、毎日酒場で踊るようになったと老人は話し始めた。「小人の踊り」は観客の心の中にある普段使われていなくて、その存在を本人さえ気づかなかったような感情を白日のもとに引っ張り出すことが出来た。そのうち小人は踊り方ひとつで人々の感情を自由に操るまでになった。
- 小人の話を聞いた音楽好きの皇帝は、小人を宮廷に呼び寄せ踊りを披露させた。その後、「革命が起こり、皇帝は殺され、小人は逃げた。」 小人と革命の因果関係は分からないままだったが、噂によると小人は宮廷で良くない力を使ったらしく、革命軍に追われる羽目となり、森に姿を消したとのことだった。それからしばらくの間、小人は夢に現れなかった。主人公は耳作りの工程に配属されていたが、別工程にいる「とびっきり綺麗な女の子」の話を聞き、適当な用事をでっち上げて女の子を口説きにいった。その子は評判通りの綺麗な娘で、また、話に聞いた通りダンスに夢中で、頑なで、異性に興味が無い様子だった。
- 「私は一人で踊るけど、来たければ来ればいい」とフラれた主人公は、その夜、小人の夢を見る。夢の中で小人は主人公にひとつの提案をする。それは、小人が主人公のなかに入り、主人公の代わりに踊って女の子を口説き落とす作戦だった。しかし、それには条件があり、女の子をモノにするまで一言も喋ってはいけないという制約付きだった。もし、声を出さずに乗り切れば、主人公は女の子を手に入れ、もし一言でも発っしてしまうと、主人公は小人に体を奪われるという契約だった。主人公は小人の提案を受け入れ、舞踏場に向かった。
問題の抽出 リトルピープルと小人(ドワーフ)
今回もエンディングは省略してあります。論理の展開なので、ストーリーの時系列も若干いじってあります。
象の水増し
⇒関連する作品 「象の消滅」へ
皇帝の死 王と皇帝の違い
複数の国を統治する帝政(皇帝)は、複数の民族、地域、宗教を束ねています。一方で王は、一国の統治者という意味よりも、古代の宗教においては、自然(神)と民の間の仲保者(シャーマンや司祭)という意味を超えて、「王=神」となります。
革命の意味
皇帝が殺され、帝政が滅んだ後でも革命軍は幅を利かせており、小人を探しています。民主化が進んだように見えて、その実は、革命軍による支配に置き換わっているだけのようです。
踊りと躍り
【踊る】ある決まりに従っておどるダンス。人の意のままに操られること。
【躍る】勢いよく飛び上がること。激しく跳ね回ること。
例)喜びと期待に胸が躍る。
小人とリトルピープル
⇒関連する作品 「無人島の辞書」・『神々の沈黙ー意識の誕生と文明の滅亡』・『1Q84』
関連する作品
短編集『パン屋再襲撃』より「象の消滅」
while-boiling-pasta.hatenablog.com
象(ショウ・カタドる)とは、形を伴って現れる・現されたもの。「現象」とは、本質を覆い隠すように表(おもて)に出ている認識対象。象の水増しとは、本体・本質の発現である「現象」を分割し、不足分を偽物で補足すること。
エッセイ集『村上朝日堂はいほー!』より「無人島の辞書」
”『リーダーズ英和辞典』のlittleの項に出ている
"Little things please little minds”
という例文なんか、「そうだな、たしかにそうだ」と十回ぐらい一人でうなずいてしまう。日本語に訳すと「小人は小事に興ずる」となるが、もう少しわかりやすく言うと、「つまらん人間はつまらんことで喜ぶものだ」という風になる。”ーP.107
『神々の沈黙ー意識の誕生と文明の滅亡』より
while-boiling-pasta.hatenablog.com
民主化によって得られたもの。森の中にあったもの。「つまらん人間=リトルピープル」の台頭により、生まれた弊害。
『1Q84』
while-boiling-pasta.hatenablog.com
人格の一部を自身から切り離し、自ら進んで国家(カルト)に献上してしまう国民(信者)。
全力考察 主権は誰の手にあるのか?
古い支配(帝政)が滅んだ後でも、革命軍による統治に置き換わっただけで、主人公を含めた登場人物のほとんどは「象の水増し」に疑問を抱かず、「心の中にある普段使われていなくて、その存在を本人さえ気づかなかったような感情」を何処かに仕舞いこんだままのようです。革命軍にとって小人は、そのような不都合を白日のもとに曝す危険な存在です。
まとめ
自分には自由意思があり、選択権は自身にあると思い込まされているが、実は奴隷。