パスタを茹でている間に

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考察・国境の南、太陽の西 ヒステリア・シベリアナ症候群

 

あらすじ

主人公は以前に交際していた女性の従姉妹と浮気をし、彼女(イズミ)を深く傷つけてしまった。主人公はそれっきり元カノに会えずに謝罪も出来ず後悔していた。しかし、大人になって結婚した主人公は懲りずに不倫をし、奥さんを傷つけるが、今度は何とか許してもらえるというヒドイお話。

 

 

 

テーマあるいは出発点

国境を越えて南の島にいっても、そこに楽園はない。地平線に沈んでいく太陽を追いかけても過去を取り戻すことはできない。幻想を追いかけることは、自分や自分の周りの人々を傷つけ続けることになる。

著者の解決あるいはメッセージ

”そしておそらく今度は、僕が誰かのために幻想を紡ぎだしていかなくてはならないのだろう。それが僕に求められていることなのだ。(中略)今のぼくの存在に何らかの意味を見いだそうとするなら、僕は力の及ぶかぎりその作業を続けていかなくてはならないのだろう。”ーp.297~298

タイトルから受け取れること

本書のタイトル『国境の南、太陽の西』をどう読むか?そこからどんな印象を受け取るか?によって、読み方が変わる本だと思いました。受け取り方は読者それぞれでしょうが、私はこんな風に受け取りました。

国境の南

”すごくがっかりしたわ。ただのメキシコの歌なんだもの。国境の南にはもっとすごいものがあるんじゃないかと思っていたの。”ーp.242

 島本さんの台詞ですが、私も『国境の南』という言葉の響きからは、南の島の楽園を想像します。また、国境を越えることでルールも変わります。自分達のいる社会とは違う原理が働いている世界を想像します。

 単純に、シベリアの農夫は厳しい冬を越すために計画的に生活しなければなりませんが、南の島の楽園ではお腹が空いたら木の実をもいだり海に潜って食料を調達しているようなイメージです。乱暴な言い方をすると、私はロシア人は陰鬱で、沖縄の人たちには楽天的で開放的な印象を持っています。

 

 

 

太陽の西

”そしてあなたは地面に鋤を放り出し、そのまま何も考えずにずっと西に向けて歩いていくの。太陽の西に向けて。そして憑かれたように何日も何日も飲まず食わずで歩き続けて、そのまま地面に倒れて死んでしまうの。それがヒステリア・シベリアナ。”ーp.245

 私も、仕事が早めに終わって電車に揺られて帰るとき、西に沈んでいく太陽を見ながら思うときがあります。「あぁ、酷い一日だった。また明日もこんな一日なんだろうな。そして、明後日もその後も。」

例えば、

 オートパイロットの小型ジェット機に乗り込み、西に向かいます。沈んでいく太陽を目指してとにかく西へ。とても速いジェット機なので赤かった夕日が少しずつ昼間の色を取り戻していきます。西へ。さっきまで前方にあった太陽が自分の左上の方へ。もっとスピードを上げて西へ。いつしか太陽を追い越し、後方から光を浴びています。さらに西へ。太陽が朝の輝きを取り戻した頃にジェット機を降りて、そこで「今日」を取り戻し新たな一日を始める。

 

 実際には無理ですが、そのように地球を何周かすれば過去にも行けそうな気がします。しかし、大きな問題があり、過去に戻れたとしても私は私のままです。そして、自分以外の人たちは先に進んでいます。

 

 

 

物語の構造

 元カノのイズミを傷つけてしまった事を償いたいが、それはもう出来ない。だけど、奥さんを同じ方法で傷つけるが、今度は許してもらえる、といったストーリーになっています。過去に出来なかった贖罪を別の人で叶えるという都合のいいお話です。そんな都合の良さを払拭して余りある程のナニかを著者は提示し、読者と共有しなければなりません。

無限ループって怖くね?

人は人生のある段階で、自分はもう何者にも成れず、どこにも行けないことを、諦めて受け入れなければならないのかもしれません。

メルセデス260E に乗った若い女」は、そんな無限ループを思わせます。

ホラーテイストの同窓会

 皆さんは同窓会や同級会にはマメに顔を出す方でしょうか?年月の経過は無慈悲なもので、「あんなに可愛かったあの娘が…」とか、「イケメンだったのに二重あごに…」とか。逆に「なんでお前だけそんなに若々しいんだよ!?卑怯だぞ!!」みたいな。「そういえば、今日はアイツ来てないみたいだけど、お前あの話聞いているか?」だったり。

 同窓会だけではないですが、相手に尋ねた質問はブーメランのように返ってきて、真摯に答えなければならないというルールもあります。聞いても良い事と、聞いてはならない事を瞬時に判断しながら、相手の避けている話題を互いに想いやる必要もあります。「まぁ、改めて言うまでもないけど、お互いに色々あったはずだよな」

本を閉じて思うこと

 誰もがそれぞれ程度の差こそ違えど、すれ違った人の中にイズミや島本さんのような人がいたのではないかと思います。彼らに直接会って話を聞くまでは、何があったのかは分かりませんが、実際に会えたとしても語ってくれるとは限りません。

 フィクションなので、著者はそこにエピソードを付け足すことは出来ますが、あえてしません。著者が刺激したいのは、読者の中にある「イズミ的なもの」と「島本さん的なもの」だからだと思います。

今とはもっと違う現実

「あの時こうしていれば、今とはもっと違った現実になっていたのではないか?」なんて、誰もが考えることだと思いますが、残念なことに、今の私たちの身の周りを囲んでいるものが現実です。

 

ですが、ふと考えます。

「あの人は今どうしているだろう?」