奇想天外なストーリーに定評のある著者ですが、この短編はその中でも飛び抜けて意味不明です。この物語に著者の主題やメッセージはあるのでしょうか?アメリカではこの『象の消滅』を表題作とした短編集『The Elephant Vanishes』が大変な人気となり、長編作家としてのイメージが強かった著者が、短編作家としても再評価されるきっかけとなった作品となっているそうです。
四段プロット あらすじの代わりに
- 主人公「僕」の住む町では、諸事情により動物園の閉鎖が決定した。そのため、飼育されていた動物たちの引き受けを、全国の動物園にお願いした。しかし、老齢の象だけ残ってしまい、協議の結果、老朽化した体育館を象舎として移設し、町のシンボルとして飼育することが決定した。「僕」は町議会を傍聴するほど象の処遇について強い関心を持っていた。
- 「僕」は象に関する新聞記事をスクラップするだけでなく、ときどき象舎の裏山から、飼育員と象の様子を眺めることを習慣にしていた。そんな「僕」はある日、裏山から奇妙な光景を目にした。それは、いつもと変わらない飼育風景だったが、象と飼育員のバランスが変化し、象が縮むか飼育員が大きくなったのか、両者の大きさの差が無くなっていく感覚だった。その翌日、町は象と飼育員が消えたことを把握し、さらにその翌日の新聞によって、「僕」は「象の消滅」を知った。
- 「僕」は象の最後の目撃者として名乗り出ようとしたが、誰も信じてくれないだろうし、新聞では「象の脱走」とタイトルを打っていたので、自分を疑われても嫌だったので黙っていた。しかし、そんなとき、「僕」の勤める会社が主催するパーティーで、ある取引先の女性と親しくなり、流れで二人きりでお酒を飲みながら象の話を打ち明けた。
- 知り合ったばかりの男女の話題としては特殊すぎたので、気まずいムードになりその日は別れた。「僕」はその後、食事にでも誘おうかとも考えたが、彼女のことだけでなく、何かにつけどうでもいいと思うことが多くなった。 しかし「僕」が、便宜的になろうとすればするほど仕事は好調だった。
問題の抽出 著者の言いたいことはなにか?
私がプロットに書き直しているので、分かりづらいと思いますが、そもそもが無茶苦茶な話です。
まず、「象」という漢字ですが、動物の象(ぞう)という意味の他に、象(ショウ:カタドる)という意味もあります。心象や表象、印象や現象などがあります。そして、本作において老いた象は町のシンボル(象徴)でした。
現象とは
”人間が知覚することのできるすべての物事。
哲学においては、本質が外的に発現したもの。現象は、本質=真の実在 を覆い隠すものとされる。”ー辞書より
また、主人公の「僕」は、取引先の女性と「便宜的な本質とか~」と軽口を叩いていますが本来、本質と便宜は相反する言葉です。
便宜的とは
”物事を本質的にではなく、その場の都合に合わせる形で、とりあえずの方法で処置するさま。便宜を図るさま。”ー辞書より
象の処遇をめぐる町議会も、老朽化した体育館の再利用も、象のエサとして給食の残飯が利用される辺りも、便宜性が追求されています。
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全力考察 象と一緒になくなってしまったもの
便宜的な方が楽
例えば、「東から昇った太陽が西へ沈む」というものがあります。地球の自転によってそのように見えていますが、実際に動いているのは地球です。
このように、実生活においては本質で捉えるよりも、便宜的な方が楽で、扱い易いモノもあります。
本質を覆い隠す現象
例えば、しいたけの原木栽培において、「落雷があると椎茸がたくさん採れる」という経験則があり、大音量のスピーカーで「雷の音」を再現したり、原木をハンマーで数回叩くと、たくさん採れることが知られています。このとき、「落雷」「雷の音」「ハンマー」で、椎茸がたくさん採れるのは『現象』で、未だに解明できていないそのメカニズムが『本質』となります。
つまり、本作においては、本質の外的な発現である象(ぞう)の消滅により、象(ぞう)が覆い隠していた本質まで一緒に消えてしまい、便宜性だけを扱う世界になってしまったようです。
まとめ 本(もと)を舎(す)てて末(すえ)を逐(お)う
著者の主題(本質)が物語(現象)によって覆い隠されているのは、村上春樹作品に限ったことではありません。
「村上春樹なんてスッカスカで内容も意味もない」なんて、便宜的にコミュニケーションのネタとして使われることもあります。「話題の本だから手に取ってみたものの、良くわからなかったのでサンドバックの代わりに殴ってみた。」という人も見かけます。
著者が本作で描きたかった本当の主題は私にも良く分かりませんが、この世界には本質よりも便宜性を重んじる態度を感じます。