パスタを茹でている間に

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考察・村上春樹著『かえるくん、東京を救う』 

短編集「神の子どもたちはみな踊る」より、『かえるくん、東京を救う』を考察します。著者の短編の中でもかなり人気のある作品です。こちらの短編集では、収められている短編同士がキーワードを共有するので、単体で取り出すのが少し難しいです。レコードやCDアルバムのように、流れと関連を持っています。

 

 

四段プロット あらすじの代わりに

  1.  主人公の片桐は40歳で、東京安全信用金庫新宿支店融資管理課の係長補佐として、債権の回収業務を行っていた。他人がやりたがらない地味で危険な仕事も引き受け、黙々とこなしていたが、上司や同僚からは不当に評価されていた。両親を早くに亡くし、兄として親代わりに弟妹を育て、大学に進学させ結婚の世話までしていたが、恩知らずな弟妹も兄を軽んじていた。しかし、片桐は不満をもたず、実直に暮らしていた。そんな片桐のアパートに、身長2mはあろうかという大きなカエルが訪ねてきて、「東京を救ってほしい」と切り出した。
  2.  かえるくんが言うには、東京の地下で眠っていた巨大みみず「みみずくん」が先の阪神・淡路大震災の影響で目覚め、心地よい眠りを妨げられた腹いせに、東京で大地震を起こすことを画策しているとのことだった。かえるくんは東京の壊滅を防ぐべく、みみずくんと闘うために片桐の協力を得ようと訪問したとのことだった。自尊心の低い片桐は、「なぜ自分なのか?」疑問に思うが、「あなたこそだ」とかえるくんに説き伏せられ同意した。
  3.  約束の日、片桐は職場の地下からみみずくんのねぐらに降りる手筈だった。しかし片桐は、前日の夕方に何者かから拳銃による狙撃を受けて、意識不明の状態で病院に運ばれた。病室で目を覚ました片桐は看護婦に今日は何日か?訊ね、かえるくんとの約束を守れなかったことに気づく。看護婦に銃で撃たれた傷について訊ねると、路上で昏倒しているところを発見されただけで、銃の傷も外傷も無いと説明された。
  4.  地震が起きていないことに安堵しながらも、かえるくんはみみずくんと闘って地震をくい止めたのか?それとも一連の出来事は白昼夢なのか?片桐は病室のベッドの上で混乱した。その日の夜中、病室にかえるくんが疲労困憊の様子でやってきた。片桐は約束通り地下に行こうとしていたことを釈明すると、かえるくんは「かたぎりさんは夢の中でしっかりとぼくを助けてくれました」と、東京の壊滅を防げたことを報告した。

 

”すべての激しい闘いは想像力の中でおこなわれました。”ーP.180

 

「すずめの戸締まり」との関係

 新海誠監督の映画作品「すずめの戸締まり」との関係性については別記事にて考察していますので、こちらの記事を参考にしてください。

 

while-boiling-pasta.hatenablog.com

 

 

 

問題の抽出 多義的な物語 みみずくんの正体

 

著者の目指した物語は、多義的な意味を持ち、読み手に応じて変化するお話だと思います。なので、100人の読者がいれば100通りの読み方になることが著者の成功です。つまり、正解はありません。

 

①かえるくん = 村上春樹 とする読み方

「かえるくん」を著者自身と読むと、著者は「片桐さん」のような読者を想定し、彼らの応援によって執筆を進めていると考えることができます。片桐さんのような不平を言わない、実直な生き方を賛歌しています。

 

②みみずくん = 片桐さんの破壊衝動 とする読み方

「みみずくん」を片桐さんが無意識に鬱積した破壊衝動と読むと、「かえるくん」は意識と無意識を往来する存在です。ユングの夢診断では、両生類は水中と陸上を行き来することから、二つの世界を仲介するシンボルとなっています。あちら側とこちら側、この世とあの世。

 

③みみずくん = 憎しみに変換する装置 とする読み方

「みみずくん」は「遠くからやってくる響きや震えを憎しみに置き換える」そうです。この「響きと震え」に善悪はないのですが、一方的に「憎しみ」に変換します。この「あらゆるものを憎しみに変換する装置」が東京を崩壊させます。この時、地震(じしん)は自身(じしん)です。

 

地震(みみずくん) = 祟り とする読み方

著者は、アニミズム的な古代の信仰を礼賛する傾向があります。神の怒りを回避する方法はありませんが、復興には実直、誠実、堅実に、お互いを思いやり、助け合うしかありません。

自然災害の多い日本で生きるということは、「助け合わずには生きていけない」と、運命づけられているようにも私は感じます。

 

⑤みみずくん = 地下鉄サリン事件 とする読み方

みみずくんの大きさは「山手線の車両くらいあります」となっており、舞台は1995年なので、東京の壊滅は既に起こったとする読み方です。「片桐さんがかえるくんを失った喪失感」が、著者が読者と共有したいものになります。

  

関連する作品 かえるくんが引用した文学作品

 

ニーチェが言っているように、最高の善なる悟性とは、恐怖を持たぬことです。”ーP.165

 

”ジョセフ・コンラッドが書いているように、真の恐怖とは人間が自らの想像力に対して抱く恐怖のことです。” ーP.169

 

”ぼくが一人であいつに勝てる確率は、アンナ・カレーニナが驀進してくる機関車に勝てる確率より、少しまともな程度でしょう。”ーP.172

 

”でもアーネスト・ヘミングウェイが看破したように、ぼくらの人生は勝ち方によってではなく、その破れ去り方によって最終的な価値を定められるのです。”ーP.180

 

”神を作り出した人間が、その神に見捨てられるという凄絶なパラドックスの中に、彼は人間存在の尊さを見いだしたのです。ぼくは闇の中でみみずくんと闘いながら、ドストエフスキーの『白夜』のことをふと思い出しました。”ーP.181

 

全力考察 かえるくんの正体

 ロールシャッハテストのように、読者の見方によって変化します。私の好きな読み方は②の夢オチです。私がかえるくんの引用から受けとるのは、不条理と神の不在です。かえるくんは何者か?それは「かえるくんは何が好きなのか?」と「かえるくんは何をしているのか?」に答えがあります。かえるくんに限らず、「私」を決めるのは、「私の好きなことと、行っていること」です。

 

キーワードの共有 みみずくんの正体

短編「神の子どもたちはみな踊る」の中からみみずくん・かえるくんの正体を読み解くことも出来ます。本短編集ではキーワードを共有し、互いに補完しあっています。

 

while-boiling-pasta.hatenablog.com

 

 

まとめ 日本は常に揺れている

記事を書いている最中に石川で地震があったので、投稿を見送りました。でも思い直して書き直しました。この世界には「かえるくん」なんて居ません。ならば、私たちに出来ることは、「備えること」と、「助け合うこと」しかありません。