パスタを茹でている間に

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考察・村上春樹著『バースデイ・ガール』 後悔のない人生

二十歳の誕生日に、風変わりな老人から「ひとつだけどんな願い事でも叶えてあげる」と言われた女性のお話。彼女の願い事は「後悔のない人生」です。聞き手である「僕」とのやり取りから導き出せます。

中学三年生の教材として採用されている作品です。主人公である30代の既婚女性が、親しい関係にある「僕」と、おそらくバーカウンターでお酒を飲みながら話しています。大人な雰囲気ですが、中学生にイイんでしょうか?(でもきっと、喫茶店のアイスティーです。)

 

 

 

四段プロット あらすじの代わりに

  1.  「僕」と彼女(主人公)は、それぞれの二十歳の誕生日について話していた。彼女(主人公)は十年以上も前になる、不思議な誕生日を良く覚えていた。彼女はレストランでウェイトレスをしていて、バイト仲間に自分の誕生日を休めるように、シフト交換を頼んでおいた。しかし当日、その仲間が体調を崩し、急遽仕事となった。でも彼女は、当時付き合っていた彼氏と喧嘩したばかりだったので、誕生日の予定は空白だった。
  2.  彼女はそれほどがっかりもせず、仕事に赴いた。当日はフロア・マネージャーも体調を崩していた。彼女は、本来マネージャの仕事である「オーナーへのディナーの給仕」を頼まれる。オーナーの部屋まで食事を運ぶと、帰り際に風変わりな老オーナーに引き留められた。話の流れで彼女は、今日が自分の誕生日であることを告げた。
  3.  オーナーは誕生日のプレゼントに「何かひとつだけ願いごとを、なんでも叶えてあげる」と提案し、彼女は半信半疑に戸惑いながらも、願いを口にする。彼女の願いは、老オーナーからすれば一風変わったものだったが、聞き入れられた。という、不思議な誕生日だった。
  4.  「僕」は彼女に「その願いは叶ったのか」と訊ねると、「まだ人生は先が長そうだし」判断がつかないとのことだった。そして、「その願いごとを選択して後悔はないか?」との問いに対しては、

”「私は今、三歳年上の公認会計士と結婚していて、子供が二人いる」と彼女は言う。「男の子と女の子。アイリッシュ・セッターが一匹。アウディに乗って、週に二回女ともだちとテニスをしている。それが今の私の人生」”ーP.323

 

 と応える。

 

問題の抽出 彼女は何を願ったのか?

プロットに書き直しましたが、本作の醍醐味は何と言っても著者の文章にあります。短いお話ですが、是非味わってもらいたいです。一人称の「僕」は聞き手であって、物語の主人公は彼女です。

「僕」を登場させずに、彼女一人で話を進めることも出来るのですが、そうはせず、彼女に自問自答させずに、「僕」に質問させているところが、肝となります。そして読者の疑問は、最後まで明かされることのない、「彼女はどんな願いごとをしたのか?」になります。

中学生には感想文を書かせるそうです。とても面白く、文章も素晴らしいので、読むこと自体は楽しいですが、感想文は難しいと思います。せめてグループディスカッションとかなら楽しいと思うのですが…。

(記事のタイトルで壮大なネタバレをしていた気がしますが、たぶん気のせいです。あくまで個人の読み方のひとつです。)

 

関連する作品

ヘルマン・ヘッセの『アウグスツス』にも、願い事を叶えてくれる風変わりな老人が登場します。大好きです。

 

 

私は単行本の方ではなく、短編集を読みました。引用ページも短編集のものです。

 

全力考察 同じ条件ではない願いごと

ネットでの考察を見ると、「願いごとがひとつも思い浮かばない人生」とありました。これは彼女の逆質問に対する「僕」の答えを受けてですが、面白い考察です。私も「自分の人生に満足したい」という似たような読み方をしていたときもありました。(今日、再読したら自分の書き込みがありました)

「あなただったらどんな願いごとをした?」という彼女の逆質問に対して「僕」は、「何も思いつかないよ」と答えます。しかし、これは同条件ではありません。彼女はこれからの未来に対して願い事を言うのに対して、「僕」は十年後の未来を分かった上で、十年以上の過去の改変を含めた上で「何ひとつ」と答えています。

 

まとめ 後悔先に立たず

彼女は、二十歳の誕生日の夜に一緒に過ごす予定だったボーイフレンドと、誕生日を迎える前に「思いもかけず」喧嘩別れしてしまいましたが、後悔の念は無いようです。

そして一方で、彼女に「その願いごとを選択して後悔はないか?」と質問している「僕」ですが、「僕」自身にも、今までに「後悔」が無かったようです。「僕」には何も「後悔」が無いからこそ、願いごとを「何ひとつ」思い付くことが出来ません。そこで、

 

”「あなたはきっともう願ってしまったのよ」”ーP.325

 

となります。二人とも「後悔のない人生」を既に手に入れているからです。

作中で、とても大切なことなので、後悔のないように二度も繰り返し使われている文がありました。

 

「ひとつだけ。あとになって思い直してひっこめることはできないからね」ーP.325

 

ガンバレ!中学生! o(*≧∀≦)ノ 

 

追記 「後悔の無い人生」は幸せか?

2022年10月 追記

『バースデイガール』の恐ろしさ

 大人からしてみると当たり前なのですが、中学生にはこの作品の恐ろしさが分かりづらいと思いましたので、追記します。

 主人公である女性は周りが羨むような幸福な人生を手に入れたのではなく、「後悔できない人生」を手に入れてしまいました。後悔はネガティブな言葉ですが、人間は後悔があるからこそ、「より良い未来」を望みます。つまり、後悔は今をより良く生きる為の原動力です。

 

これからがこれまでを決める

 素敵な言葉を見つけましたので、中学生に送ります。

 

”これからがこれまでを決める”ー浄土真宗大谷派 藤城聡麿

 

”あなたの「これから」があなたの「これまで」を決める”ー理学博士 佐治晴夫

 

 全く同じことを言っているのですが、どちらがオリジナルか?は私には興味がありません。それよりも、科学と宗教は互いに相容れない対照的な存在でありながら、それぞれの道を極めた人は同じ境地に達していることに、私は強く惹かれます。(しかし、佐治晴夫先生は科学者でありながらスピリチュアルにも傾向するロマンチストです。)

 

ガラス玉演戯の再現 挑戦する人生

 私の挑戦(読書のテーマ)はヘルマン・ヘッセの著した『ガラス玉演戯』の実現・再現です。

 

 ”公分母を求めてやまなかったのです。それこそがガラス玉演戯の基本的思想にほかならないのです。”ーヘッセ全集9「ガラス玉演戯」P.123

 

 科学の発展も宗教の歴史も、専門性を高めるため、あるいは原理の探求のため、枝分かれをして分化していくのが常でした。ヘッセの挑戦は、これらのバラバラになってしまったモノを再び統合しようとする遊戯です。

 

 より良いモノを求め、挑戦している人生だからこそ後悔の念が生じます。過去の自分を肯定できるのは、今の私だけです。

 恐れず「後悔」しましょう♪