パスタを茹でている間に

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考察・風の歌を聴け ①「風の意味」に答える読み方

村上春樹著『風の歌を聴け』を考察します。本作は群像文学新人賞への応募作で著者のデビュー作です。もう既に様々な読み方があるのですが、「主人公=鼠」とする読み方、「レコードショップの女の子は鼠の恋人」だったりです。私も本作から二つの主題を読めたのですが、今回は純粋に「風の意味」をプロットから考察します。

Hear the Wind Sing Happy Birtday and White Christmas

 

 

テーマあるいは出発点

”失ったもの、踏みにじったもの、犠牲にしたもの、裏切ったもの……(中略)僕がここに書きしめすことができるのは、ただのリストだ。小説でも文学でもなければ、芸術でもない。”ーP.12

著者の解決あるいはメッセージ

 あの時代を生きた人達は、強くなろうとして、それでもなれなくて、結局は強いフリをして通りすぎてしまった。それは、自分達の周りで起こっている出来事を「時代の風」として自分には制御できない無関係のモノとして扱う当時のスタイルだった。しかし、そのようなスタイル(風)は自分達自身を空虚な風に貶める態度だった。

 

 Derek Heartfieldの正体 ハートフィールドは誰か?

”Derek(デレク)はテオドリクス(Theodoricus)に由来し、もともとはゲルマン語の*þeudo-rīksに由来する。þeudoとはゲルマン語では「人々」を意味し、rīksは「統治する」「統治者」という意味があり、”ーwikiより

と、あります。また、Derek(デレク)は異形にDirk(ダーク)があります。私はダーク・ハート・フィールド(暗い心の領域)としたのですが、人々の心の領域の統治者とも読めそうです。でもこれでは単に言葉遊びになってしまいますので、一番は本作のテーマとどのような結び付きがあるかです。

”「暗い心を持つものは暗い夢しか見ない。もっと暗い心は夢さえも見ない。」”ーP.11

 

“ある年の夏(いつだったろう?)夢は二度と戻っては来なかった”ーP.105

この「夢」は、未来に対する希望の意味で使われていると思いました。どちらにせよ、ハートフィールドに学んだ事とは、心の領域から学んだ事としました。

 

象と象使い

 また、象と象使いの話もありますが、象(しょう)には、動物のゾウではなくて、象る(かたどる)の意味もあります。象徴や表象、あるいは心象などです。この小説は、自己療養の試みとして書かれ、それが成功し救済された自分が発見できたなら、象は(象使いから解放され)平原に還り、より美しい言葉で世界を語れるようになるそうです。

 

サイコパスな「僕」 主人公が失ったもの

この小説で、もっとも恐ろしい文がこちらです。

”三人目のガール・フレンドが死んだ半月後、僕はミュレの「魔女」を読んでいた。優れた本だ。そこにこんな一説があった。
「ロレーヌ地方のすぐれた裁判官レミーは八百の魔女を焼いたが、この『恐怖政治』について勝ち誇っている。彼は言う、『わたしの正義はあまりにあまねきため、先日捕えられた十六名はひとが手をくだすのを待たず、まず、みずからくびれてしまったほどである。』」(篠田浩一郎・訳)
わたしの正義はあまりにあまねきため、というところがなんともいえず良い。”ーP.84

 あまねく(普く・遍く)とは、「普遍・広く行き渡っている」ことで、くびれる(括れる)とは、首を吊ることです。
 つまり、その当時、「何か」が広く行き渡っていたために、火刑を免れるべくガール・フレンドは自ら首を吊ったとした上で、『恐怖政治』を”なんともいえず良い”と肯定的に引用しています。これが、主人公の抱えてしまった『暗い心』です。
 他にも、「何故人は死ぬの?」という問いに「進化」とも答えています。とても近しい人を亡くした人の答えとは思えません。この辺りが、この小説の肝だと思っています。
また、

”強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ。”ーP.121

ともありますが、このスタンスがその時代を通りすぎた人たちの「得たモノ」であり、主人公の「失ったモノ」です。鼠はこのスタンスに抵抗があります。

 

「嘘つき」の意味 愛している振り(風)

「僕はひとつしか嘘をついていない」

 「愛している」「結婚したい」「子供も欲しい」のどれが嘘なのか?が、問題なのですが、結論を言うとどれでもいいです。この小説は全体として何を表現したいのか?自身の読み方が定まっていない人はこの部分に引き付けられてしまいます。

 しかし、これは単純なエピソードなので、メインとなるストーリーではありません。木を眺めるように、枝葉(エピソード)と幹(メイン・ストーリー)を区別しなければ、幹に枝葉を結び付けて全体を読むことが出来ません。

 このエピソードは、「愛しているフリ」です。

何も解決せず、どこにも行けず、意味がない

 基本的な物語としては、ただダラダラと酒を飲んでいるだけで、何も解決しません。
 借りたままのレコードの持ち主を探しても見つからず、鼠は何かを相談したがっていたけど途中でやめて、レコードショップの女の子も特に救いはありません。機動隊員に折られた前歯にも意味がありません。

 ヒッピーがいて、何かを理由に故郷に戻る人たちがいて、顔を洗うフリをして、間違い電話のフリをして、愛しているフリをして、そんな不毛で空っぽの時代を景色として眺めます。
 このような羅列が「失ったモノのリスト」です。全てが著者の体験したものでは無いと思いますが、同時代の人たちが似たような体験をし、やはり同じように「強引に」通りすぎたのではないでしょうか?そこに、踏み留まろうとする鼠がいます。

 

汝らは地の塩なり、塩もし効力を失わば、何をもてか之に塩すべき

 鼠は強くなろうと努力をせず、強いフリもせず、弱いままで構わないと思っているようです。ただ「地の塩」であることを自身に求めているようです。
 「地の塩」とは、塩が食物の腐敗を防ぐように、たとえ少数派であったとしても、信仰を守る人は社会(地)の腐敗を防ぐ模範となるとの意です。鼠にナイーブさを見る人も多いようですが、大多数が強引に進んでいこうとしているなか、孤独に踏み留まります。
 鼠がそこで頼りにしているのは自身の強さではなく、「弱さに自覚的であること」です。しかし、この場合、鼠が守っているのは信仰ではなくて信念だと思います。良いことわざを見つけました。

don't make yourself a mouse, or the cat will eat you

 キーポイントは「弱さ」です。

 

星の井戸 太陽にも終わりがある

 著者の大好きな井戸が出てきますが、心理学のId(イド)との関連性は、私には見つけることができませんでした。それよりも、「太陽にも終わりがある」ということの方が、主人公のスタイル(風)との関連性を感じました。
 人の死の理由を「進化」で答えるくらい、70年代風で現代風の「暗い心」なのですが、そんな風に自身の周りの人達や事物を、ただ通りすぎる風をやり過ごすように、距離を置きます。「ただ風のように、結局最後は人も宇宙でさえも何もなくなるのだから、いちいち悩んだり苦しんだり怒ったりしてみても、意味がない」と言わんばかりです。ここに、主人公の「僕」が捉える「風」が見えます。


 中国から「風」という漢字が伝わった時は、風習や国風や風土のような土地に根付いた慣習や生き方(スタイル)のような意味も合わせて伝わりました。ちなみに、”強い振り”の「振り(ふり)」には、「風」の漢字を当てて「風(ふり)」と読ませることもあります。

”あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕たちはそんな風にして生きている”ーP.152

 

鼠の風(風景) と 僕の風(景色)

”蝉や蛙や蜘蛛や、そして夏草や風のために何かが書けたらどんなに素敵だろうってね。”ーP.118

一方で、鼠は花鳥風月のような風を見ていると思います。

〈花〉静かにその場に留まる可憐な花。そして、四季の移ろい
〈鳥〉元気にダイナミックに動く動物。そして、活発な移ろい
〈風〉見たり捕まえたりできない幽玄さ。そして、刹那的な移ろい
〈月〉川や山や海など、不変のようで、しかし、ゆるやかな移ろい

上述は花鳥風月の私なりの解釈ですが、他にも風姿花伝や風光明媚、風景、風流、風雅など、風の中にナニか「美しさの真理」を求める美的感覚もあります。

 

”『優れた知性とは二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能を充分に発揮していくことができる、そういったものである。』”ーP.67

 

矛盾の解消ではなく、自身の理解を越える何かを自分の内側に抱き続けることです。

 

冒頭 「完璧な絶望」の回収

 この小説の応募段階でのタイトルは、「Happy Birtday and White Christmas」だったことはよく知られています。しかし作中では、これは鼠の送ってくる小説に添えられているメッセージです。

 ならば、この小説全体が鼠の創作であるとすれば、「僕」の抱え込んでしまった「風(絶望)」を含めて、見事に「風」を描けているのではないでしょうか?

”完璧な絶望が存在しないようにね。”ーP.7

”一生こんな風に石みたいにベットに横になったまま天井を見上げ、本も読まず、風の中を歩くこともできず、誰にも愛されることもなく、”ーP.148

 

そんな風に、あんな風に、風の中を、こんなふうに。

 

もうひとつの読み方 「ジョン・F・ケネディ」に答える読み方

 以上がプロットから読み取れる「風の意味」に答える読み方になります。しかし、こちらの作品には「意味ありげ」な固有名詞・キーワードがたくさんあります。例えば、

 

 

などです。

 こちらの作品ではストーリーの展開とは無関係に、キーワード同士が関連性を持ち、もうひとつの主題を提示します。なので、キーワードをストーリーに結びつけようとすると破綻します。(こちらの作品はいったん英語で書いたものを、日本語に翻訳し直したというエピソードがあります。それだと英語圏では風や象を読めません。一方、キーワード群はキリスト教圏の方が読みやすいです。)

 次回はこれらのキーワード群を「イエス・キリスト」でまとめる読み方を示してみたいと思います。

 

 

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