二重構造の概念メタファー
結論 村上春樹の『二重メタファー』とは、人間が生物として生得的に備えていた認識システムを、新たに獲得した「社会で共有する認識システム」で覆い隠してしまったために生じた弊害を指しています。
『騎士団長殺し』の二重メタファー
起承転結
村上春樹著『騎士団長殺し』で提示された、「二重メタファー」についてですが、長らく意味が分かりませんでした。
ですが、ひとつの仮説として「二重構造の認識システム」という読み方を示したいと思います。
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『騎士団長殺し』では、
「二重メタファー = スバル・フォレスターの男」
となっています。なので、
「正しい思いを奪う存在 = スバル・フォレスターの男」
となることも示したいと思います。
『海辺のカフカ』の相互メタファー
起承転結
通常、メタファーは「~のような」という表現を使わない比喩として、多くの人に解説されてきました。それもメタファーのもつ意味なのですが、著者の使うメタファーは「概念メタファー」を言っています。(比喩表現としてのメタファーを理解できる仕組みです。)
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概念メタファーとは、
”概念メタファー(がいねんメタファー)とは、認知言語学の用語で、「ある概念領域を別の概念領域を用いて理解する事」と定義される。ジョージ・レイコフとマーク・ジョンソンによる Metaphors We Live By で提唱された。” ーwikiより
著者の使うメタファーが「概念メタファー」である根拠は、以下の文からです。
”「そうだ。相互メタファー。君の外にあるものは、君の内にあるものの投影であり、君の内にあるものは、君の外にあるものの投影だ。(以下略)」” ー『海辺のカフカ 下巻』P.271
本記事では詳しく扱いませんが、メタファーの「相互作用説」を機にメタファー研究が隆盛し、「概念メタファー」について言及されるようになったとの事です。
『騎士団長殺し』に関する批評の一部には、歴史修正主義に対抗する作品だとするものもありますが、私の読み方は違います。「物語の統一を読む」には、一見全く関係がないと思われる、南京事件やアンシュルスと「スバル・フォレスターの男」を結びつける主題を見つけることです。その手順を踏まずには、批評はできません。
『1Q84』の ふくろう型の巫女
起承転結
村上春樹著『1Q84』では、主人公にハシシを勧める安達クミが登場します。こちらは、「人間がかつて自然の一部であった頃に戻す」事を目標に、ハシシで「社会で共有されている認識システム」を吹き飛ばし、「個人に根差した認識システム」を呼び覚まそうとする行為です。
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『騎士団長殺し』において著者が問題提起し、最も恐れていることは、「時代や環境や立場さえ違えば、自分が捕虜の殺害を命じ、自分が捕虜の首を切り、自分が捕虜として首を刎ねられた」という思いです。
二重メタファーの例
起承転結
例えば、ローマ帝国の繁栄は、奴隷制と侵略戦争を前提としていました。ある時代には魔女狩りがあり、ホロコーストがありました。それらは、「社会で共有されてしまった認識システムの暴走」によって起こりました。その時、彼らは「正しい想い」を奪われていました。これが「二重メタファー」だと思います。
(私個人の歴史観からすると、今を生きる私たちが過去の出来事について善悪を判断することは、危険なことだと思っています。)
『騎士団長殺し』では、嫉妬に狂った主人公は、夢の中で「フォレスターの男」となり、妻を絞め殺してしまいます。つまりその悪夢によって、加害者にも被害者にもなり得る自分を見せつけられます。主人公が強い嫉妬心に駆られるのは、妻に対する愛からです。その「正しい想い」が、「フォレスターの男」に奪われています。
奴隷制も侵略戦争も、魔女狩りもホロコーストも、もちろん南京虐殺も、全て私たちと同じ人間が行ったことを忘れてはなりません。個別に悪を論じても、その判断も同じ人間が行っていることです。過去の出来事やその歴史認識も含め、その全てが「二重メタファーの養分となっている」との著者のメッセージを読まなければなりません。
そして、「歴史修正主義に対抗する作品」とする読み方は、それ自体も『二重メタファー』によって「正しさ」を奪われています。
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