パスタを茹でている間に

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考察・村上春樹著『眠り』 傾向的に消費される主婦の人生

主人公は30歳の専業主婦。あるとき不思議な夢を見たことをきっかけに「不眠症のようなもの」になり、十七日間も眠れない日々が続く。

 

ねむり

ねむり

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四段プロット あらすじの代わりに

  1.  主人公は30歳の主婦で、不思議な夢を見たことをきっかけに眠ることが出来なくなってしまう。その夢とは、水差しを持った謎の老人が、寝ている自分の足に水をかけ続けるというものだった。気持ちを落ち着かせて、もう一度寝ようとしても眠ることはできなかった。
  2.  時間を持て余した主婦は、『アンナ・カレーニナ』の再読を始める。その頁の間にチョコレートの食べかすを見つけ、無性にチョコレートが食べたくなる。夫が歯科医をしていたため敬遠していたチョコを買い求め、ブランデーとチョコと読書で眠れない時間をやり過ごす。眠らなくなってからも、周囲に悟られることなく主婦業を続けたが、それが一週間も続いたところで不安になる。
  3.  図書館へ行き、眠りについて調べた主婦はその中で、「睡眠は人間の思考・行動の個人的傾向の偏りを中和し、調整し、治療している」とする本を読む。そして、毎日同じことを繰り返す、機械的な家事作業について振り返り、傾向的に消費されている自身の人生に気付く。「ならば眠りなど要らない」と、他の人が傾向的消費の中和に充てている時間を自分の為に使おうと決意する。
  4.  家族が寝静まった頃に、車で夜の町に出ては、人気の無いところに停める。主婦は拡大された人生の中で、自身の人生やら、死について思いを巡らせる。そして、今まで死というものについて、眠りの延長のように捉えていたが、実際は、今自身が体験している永遠の覚醒状態なのでは?と、激しい恐怖に襲われる。

疑問の抽出 眠れない理由と謎の老人

ネタバレを回避するために、あらすじではなくプロットにしてみました。(同じかな?)なので、エンディングを省略してあります。ネットでは「眠れなくなったという夢を見ている」夢オチという考察もありました。面白いです。読者の疑問は「不眠のようなもの」の原因や、謎の老人に集中しているようです。そこら辺を全力で考察してみようと思います。

 

関連する作品 『アンナ・カレーニナ』との関連

アンナ・カレーニナ』 女性が自身の幸福を追求することの困難さ

mihiromer.hatenablog.com

こちらのブログを参考にさせていただきました。他にもいっぱい書いてあって面白かったです。

 

『アフター・ダーク』 『眠り』とは逆に眠り続けるエリ

 

while-boiling-pasta.hatenablog.com

こちらは自分の以前の記事です。

 

全力回答 眠り(睡眠)の意味と老人が象徴するもの

まず、「不眠のようなもの」ですが、睡眠(夢)についてはいくつかの仮説があります。

  •  自我の欲求をなだめる
  •  自己の理想と現実のギャップを埋める
  •  傾向の偏りを中和する
  •  本来の自分に立ち返らせる

他にもありますが、ここではこれらを扱います。『アフター・ダーク』では、「眠り続けるエリ」が出てきましたが、私はこちらを、「自己を社会に明け渡してしまったために、自我と自己が大きく解離し、そのギャップを埋めるために大量の夢が必要となった」としました。

本作の主人公は眠り(夢)を必要としなくなったことから、自我と自己の境界が溶解し、そもそもギャップが無いから中和の必要もない状態と考えられます。「眠り続けるエリ」は自我に「本当の願い」があったからこそ、それを叶えることが出来ない現実とのギャップが生まれるわけです。しかし、主婦は自我に願望を持たず、自我=自己という状況に(社会から追い込まれている)強要されていることを著者は問題視しているように読めました。

謎の老人ですが、夢診断における老賢人(オールド・ワイズマン)の役割は、仙人の象徴です。「水を差す」とは進行中の状況を邪魔することです。

 

 

まとめ 積極的に個を失おうとする現代人

傾向的に消費され、毎日同じことを要求されている主婦業は、永遠の覚醒状態にある「死」と同義ではないか?という著者のメッセージを受けとりました。もちろん主婦業を蔑視するわけではないです。

女性の自由意思(freewill)の獲得に男性がもっと主体的に取り組むべきとする、『ねじまき鳥クロニクル』もあります。『アンナ・カレーニナ』も、女性が自身の幸福を追求するとかえって不幸になる、という当時のロシアの社会構造を描いているとも読めます。

本作での衝撃のエンディングですが、それは当時のロシアだけでなく、「日本においても、女性の幸福追求を阻害する社会がある」と読むことが出来ます。そしてそれは、女性に限ったことではなく、男性にしてみても、毎日同じことを繰り返すルーティンワークの中に、自分を機械的にはめ込んだ方が楽なわけです。

(まだ長いな…)

 

while-boiling-pasta.hatenablog.com